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だからいつも笑っていてほしい 花のように

舞台『俺節』1幕まで〜言葉と匂いと歌と〜

いわば、舞台『俺節』の観劇アルバム・文字羅列ver. のようなスタンスでここに記します。一度も観劇できなかった人にも伝わるのを目標に、あらすじどころかなるべく記憶の限り丁寧な描写をしたつもりですが、親切じゃない部分も多々あるかと…備忘録と呼ぶには不備が目立ちますが、観た人にも何か想いを馳せるキッカケになればな~と願っております!


※現時点では原作未読。的外れ発言等ご寛恕してけろ!!

※観劇中のメモは一切とっておらず、全て限られた記憶の中からの文字起こしです。最近までこんなこと書き出すつもりはなく、取りかかりが大変遅かったので、色々捏造してる可能性大。時系列や台詞等、間違いがあったらこっそり教えてくださるとすごく助かります・・・しれっと直します。

※3時間半(内休憩20分)の舞台を文字起こししたので、1幕分だけでもご想像通り長いです。


へば!

―――――――――――――――――――――


暗転と共に爆音の隙間風のような音が鳴り、舞台は始まった。
幕はまだ上がっておらず、紗幕にはプロジェクションマッピングで吹雪の景色が映し出される。

すると紗幕の前、上手側から腰を深く曲げた1人の老婆がゆっくりと歩いてきた。その後ろにはガラの悪そうな男、借金取りの親分と子分の2人組。(いかにもな風貌)

「まーた利息だけかよ」
「こんな田舎まで足運ぶこっちの身にもなってくれよ」
親分は老婆の背中に向かってブツブツ文句を言っている。

「へぇへぇすんません…」
謝りながらも、不思議とか弱くは見えない老婆。


「あんなぁ、なんぼ利子払ったって借金は変わんねぇんだからな」

「んあ?分かんねぇよ・・・!!!」
老婆はカッとなって大声で遮った。

「分かんねぇことないんだよ!大体、孫っ子1人育ててる婆さんのとこに毎回取り立てに来るの、気分悪りィんだよ……で、あの孫は達者なのかよ?」

訛った口調で老婆に文句を言いつつも、気遣ってくれている様子の親分。このいかにもな風貌の取り立て屋にも、人の心はあるらしい。ここは海鹿 耕治(以下、コージ)の故郷、青森県北津軽郡だった。


「ふっへっへ……おかげさまで」

老婆から封筒を受け取った親分は、「まともに人の目も見て話せねぇような男だったじゃねぇか。大丈夫なのか?しっかり孝行してもらえよ」とやはり気にかけてくれている。しかし老婆は聞こえていないのか、話の途中でどこかへ行ってしまう。「おいっおーーいっ」呼び掛けもシカト。取り立て屋はチッと舌打ちし「また来月な!」と言い残すと、追いかけもせずにあっさり去っていった。


そんなやり取りの終盤、上手側に立っている3人の後ろで静かに幕が上がる。

すると奥の下手側には、寂れた駅の停留所。薄暗い吹雪の中で1人、背中を丸めポツンとベンチに座る青年の姿。
演歌歌手になるべくこれから上京しようとしているコージだった。
厚手の服を着込んでいるのに、なんだかとても小さく見える。


「ばっちゃん…?ばっちゃん!」


先程の老婆はコージの唯一の家族、祖母だったらしい。
借金の利息分だけ取り立て屋に渡し、その足でコージが旅立つ駅へ向かっていたのだ。
今まで下を向き心細そうに座っていたコージが顔を上げ立ち上がる。来てくれると思わなかったんだろう。パァ!と笑顔になって嬉しそうにばっちゃんに駆け寄っていく。おばあちゃんっ子のいい子だ。


「ほれ」
喜ぶコージとは対照的に、ばっちゃんが1つの包みを素っ気なく孫の胸元に押し付けた。

「なんね?」

「ばばは流行りは分からねぇからそれでいいべ」


コージは不思議がりながらも、その場で風呂敷をほどき中を取り出した。
「背広……?!じぇんこ(お金)はどした?!」
そんな問いかけにもわざと聞こえないようなフリをし、無言を貫いている。
「ばっちゃん…!」
強い口調で呼び掛け問いただそうとするコージだったが、ばっちゃんは気を逸らすように話題を変えた。


「おめ1人か?」
「へ?」
「見送りは?」

コージは黙って俯く。


「……ばばはおめぇに…友達も作ってやれねかったな…」
青森から1人上京するというのに、コージには見送りに来てくれる人が誰もいない。最初で最後の人がばっちゃんだったんだろう。


「んなもん…ばっちゃんが気にすることでね…」
努めて明るく話しているが、声が切ない。


「これさえ着てれば、お前もいっちょまえの都会の人間だ。なんも恥ずかしがることはねぇ。恥ずかしがること…ねぇんだ…
だんだんとコージに歩み寄る。対面すると両腕をがっしりと掴み、そのまま抱き締めようとした。

「ばっちゃん…」
優しくも脆い声で呼び、自分の両手も背に回そうとするコージ。
だが直前でひらりと背を向けられてしまった。煙草を取り出しながら、わざと孫から距離をとる。


コージはずっと、目尻を下げて微笑んでいる。


「ばっちゃん、堪忍な…」

「東京は謝りながら行ぐところでねぇ」

「ばっちゃん…」
安心してよ、というような声で再度ハグしようと歩み寄るが、拒まれてしまった。それでもコージはヘラヘラと笑う。

「んで、おめ、東京行って何すんだ?」



何かが込み上げてきたように、コージの体に力が入った。

「おら…もう負けたぐねぇ…!笑われんのも、懲り懲りだ……」


列車が近づく音。


「でも、おらんだって武器あるって気づいたべ……」




「世の中、とっくり返してやれるもの!!!!」


力強いコージの決意の叫びは、列車の音にかき消されない。そしてこの一声をキッカケに、舞台は青森から東京へと移る…!





軽快な昭和のムード歌謡のようなBGMが響き渡り、ガラッと景色が変わった。

『1990年4月 東京』
プロジェクションマッピングで舞台の上手サイドに縦書きの文字が映し出される。まるで原作の漫画の世界がそのまま飛び出してきたみたいだ。
男女問わずスーツを着た大勢の人々が皆忙しそうにバタバタとすれ違っていく。小さなカバン1つを胸に抱え、正面奥からコージが現れた。初めての東京の風景に戸惑いながらも、好奇心溢れた表情で街を歩く。


北津軽郡から来ますた!海鹿コンジです!よろしくお願いします!!!」


ばっちゃんから貰った背広を纏い、舞台のド真ん中で土下座をする。ここは演歌歌手・北野 波平(以下、北野)が所属する北野プロダクションだ。上手側サイドの壁には、プロジェクションマッピング『新大久保 北野プロダクション』と補足説明的に映し出される。コージの目の前には、3人の業界人と思しき男たちが喫煙しながら談笑をしている様子。


業界人A「朝8時まで飲んでたよ…あの演歌の大御所の北野波平がサザンだぜ?昨日1時間で真夏の果実12回歌ったんだぞ?!」
業界人B「なんだそれ?」
業界人C「お前この業界にいて知らないのはマズイだろ~あれは今年もレコ大獲るぞー」
(ちなみに…実際の1990年当時、真夏の果実レコード大賞を逃しています。つまりこの予想は残念ながら外しているというニクい演出なのです!)


そんな会話の後、やっと1人が土下座し続けていたコージの存在に気づき、声を掛けた。


「ああ弟子入り希望の方~?悪いけど、邪魔だからあっちでやってもらえる?」


適当にあしらわれたのに、素直に聞いて端っこに移動するコージ。律儀にまた深々と土下座し直した。熱意が空回って無駄にテキパキと動く。業界人らはというと、そんなコージには一切興味なさそうに「演歌はもう時代遅れ」と北野の陰口を叩きながら呑気に笑っている。


やがて車が止まる音。

「あっいらっしゃった!」
慌てて煙草の火を消す業界人3人衆。


「♬四六時中も好き~~と言って~~夢の中~へ連れ~て行って~~」

噂の張本人・着物姿の北野はお付きの女性と腕を組みつつ、軽快にスキップをしながら下手側より登場した。北野の中で真夏の果実旋風が巻き起こっている模様。先程まで小馬鹿にしたように笑っていた業界人3人衆は、態度がうって変わって腰を低くして接している。


コージはきっと、人生で初めて生で見た芸能人だろう。(それも敬愛する)
あわあわと手を口元に当てながら興奮しているのが分かる。北野が女性誌の取材のため事務所の奥に行こうとしたとき、弟子志願のためやっと一声を発した。


「き…っ北野波平先生でしょうか!!!」

「うん?そうだよ~~」(とてもお茶目)

「おら…っ先生の大ファンでっ」

「そうか~ありがと~」
軽く受け流し、すぐ去ろうとする。

「…で、弟子にしてけろ!!!!」

勢いがあり余り今にも飛びかかりそうなコージだったが、お付きの女性陣(固定の3人組)や事務所の人間に即止めに入られてしまった。アポも取れない上京したての素人が突然、熱意だけで勝手に会いに来てしまったのだからしょうがない。


北野は女性誌の取材のため、今度こそ事務所の奥に行ってしまった。

「先生はね、弟子とらない主義なの」
「大体、今どき演歌をやりたがるような変人、弟子にしたくないだろ」
「二度と先生の前に顔出すなよ!」
大橋マネージャー(以下、大橋)にもキッパリと言われてしまう。だがコージはまだ、引き下がれない。



…と、代わりに事務所の奥からやって来たのはアコースティックギターをジャカジャカかき鳴らす1人の男。

「その子かれこれ4時間は土下座してたよ~見上げた根性だよねぇ〜まっ、それをずっと見守ってた俺も、相当な根性だが!」
ペラペラと流れるように話す、調子の良さそうな江戸っ子口調。


「オキナワ、お前まだいたのか!」
大橋が怒鳴るが、当の本人は我関せずだ。男の名はオキナワ


すると、北野がすぐ戻ってきた。

「おい大橋ー!な~にが女性誌の取材だ!男ばっかりじゃないか!……おお~オキナワか?元気してたか?

「へいっ」オキナワは任侠ものの子分のように両膝を深く曲げたお辞儀スタイル。
「先生!財布泥棒に声を掛ける必要ありませんよ!」
「人聞き悪ィなー。財布の中からちょっ!と抜いただけだろ~?」
「それを財布泥棒って言うんだよ!」


悪びれもせず「てへ」というようなリアクションをとるオキナワは、憎めない人懐っこさを持っている。ずっとそうやって飄々と生きてきたんだろう。
どうやらオキナワは、北野プロダクションに雇われていた作詞家だったが、財布泥棒の一件があり今は解雇されているらしい。コージは正座のままポカンとして様子を窺っている。



「先生、もう行きましょう」
大橋に促され、北野は再び事務所の奥に行ってしまいそうになった。

もうここしかない…!
今度は誰も止められないぐらいの勢いで、北野の前まで出ていくコージ。
その後ろに綺麗に固まって並んでいた事務所の面々もすぐ制しようとしたが、北野がそれを止めた。


「おらには歌しかねぇって、青森にばっちゃん1人置いて出てきたんす!人殺し以外何でもやるすけ!!弟子にしてけろ!!!」
北野の目の前で正式に土下座をする。


「ここは俺の会社だ。みーーんな、歌しかねぇ、って奴らが集まってる。なぁ?」
同意を求められると、事務所の人間は皆嘘くさい愛想笑いで誤魔化す。


「その辺の人と一緒にしないでくれべしゃ…!!お、おらには北野先生以外、本気の人がいるように見えねぇですけど…!」


「おいおい、お前たち、言われてるぞ〜」
北野に煽られ、一気に喧嘩腰になる事務所の面々。


「べっ別に喧嘩を売りに来たわけでねぇべ…!んだが…本気の人がいるなら会ってみてぇから…もしいるなら1歩前に出てきてけろ!!!」
勢いよく振り返って立ち上がった。
「1歩前に出てこい!」と鼻息荒く足元を指差すコージの凄みに皆が後ずさる。前に出てくる者など1人もいなかった。ただ1人を除いて。



「はっはっは!おもしれぇなぁ!お前、おもしれぇよ〜!」


静まった空気を吹っ飛ばすような大笑い。
唯一前に出てきたのは、あのオキナワだった。


「なぁ、北野のおっさん!」
「おま…っおっさんって…!失礼だろ!!」
事務所の人間の声はオキナワには聞こえない。


「あんたもコイツの歌聴いてみたくなってきたんじゃねぇか?試しに1曲歌わせてみようぜ?」

「はわ…いい人だな…」

「よく言われるよ~」

口の上手いオキナワが呼び掛けると、北野も満更でもなさそうに乗った。

「おい、『なみだ船(北島三郎)』でいいか?一発かましてとっとと弟子になっちまおうぜ~」
肩から下げたギターを構えたオキナワが悪戯そうに吹っ掛ける。


決心して頷くコージ。
「へば……」


客席にもピリリと緊張が走る。ここが『俺節』初のコージ歌唱シーンだからだ。演奏はオキナワのギター。

前傾姿勢で気合いを入れ、こぶしをたっぷり効かせて歌い始めた。上手い…!事務所の人間の顔つきも変わる。これはそのままスカウトされるか…!!
と思ったのも束の間、序盤を歌ったところで急に歌をやめてしまった。
喉に何かが詰まったようにブツ切りの声が漏れる。首を傾げながらなんだか苦しそうだ。
聴く体勢になっていたその場の全員も、そんな不可思議なコージの様子に怪訝そうに首を傾げる。


「おい…!どうしたんだよ…!」
ギターの手は止めずオキナワが小声で問う。しかし一向に歌を再開しない。

「あ〜!分かった、分かった。もう1回な!」
気丈に仕切り直そうとするオキナワの手を、コージは反射的に両手で止めた。


「なんだよ?!」
「み…みんな見てるから…ちょっとォ…」
「はぁ?!」
「ひ…人前で歌うの……めぐせくて…」
「め、めぐせぇってなんだ??」

(めぐさい=恥ずかしい)


なんだそれ。と言わんばかりに事務所の面々から失笑が漏れる。北野は何も言わず、表情1つ変えず立ち去ってしまった。
「もう来んなよ!」とってつけたような笑い顔の大橋から捨て台詞を吐かれ、その場にいた全員が呆れたようにいなくなっていく。

「あ、おい!ちょっと待ってくれよ!!」
オキナワの言葉も虚しく、誰も引き止められなかった。


「あーーもうなにやってんだよ!!」


いっつもこうだ!!!!いっつもこうなんだ……おんなじこと…繰り返してきたんだ……」
そんな悲痛な叫びに、客席含め全員が事情を察した。コージは極度のアガリ症なのだ。ばっちゃんに東京に何をしに行くのか聞かれた際も、「笑われんのも懲り懲りだ…」と言っていた。きっと今まで幾度となく同じ思いをしてきたんだろう。地べたに正座する形でヘナヘナと崩れた。


だがここは面倒見のいいオキナワ。可哀想に思ったのか気まずそうに励ます。

「んん…あんま気にすんなよ…な?」
「おらじゃなくて、あんたが歌えば良かったベ!」
「俺はこっち専門だから♪」(ギターを掲げる)

八つ当たりをするコージにも嫌な顔1つせず、さっぱりとした対応だ。


「北野は自前の作曲家集団抱えてるから俺も入り込んでやろうと思って弟子入りしたんだが…まぁ、色々あってクビよ…」
「色々って…?」

さり気なく聞き出そうとするコージだったが、オキナワは話題をすり替えた。


「そうだ!飲み行かねぇか?!」
「じぇんこ(お金)がねぇです…」
「ああ?!…俺だって、ねぇんだぞ……」(情感たっぷりに)
「おまけに宿もねぇです…」
「あーらら〜…」
「はあい…」
正座の体勢のままふにゃふにゃと笑う。


「…しょうがねぇーなー。俺の城に案内してやるよ。ついてきな!」
土下座したときから床に置きっぱなしだったコージのカバンを手に取り、コージに目掛けて真っ直ぐに投げた。胸に飛んできたカバンをキャッチしたコージは、ギュッと両手で抱き締め嬉しそうに笑顔になる。


「東京でいっちばーん、いい場所だぜぇ!!!」




オキナワの高らかな宣言をキッカケに、場面は変わる。
左右から“みれん横丁"の豪華なセットの店並みが顔を出した。セットは豪華だが、お世辞にも綺麗とは言えないなんとも寂れた横丁だ。
そして揃いも揃って汚れた服を纏った群衆(横丁の住民)が『みれん横丁のテーマ』を合唱しながら登場する。


『みれん横丁のテーマ』
福原充則さん作詞/門司肇さん作曲(劇中設定はオキナワ作詞作曲)
土方仕事で日が暮れて 埃まみれの汗をふく 急ぐ家路があるじゃなし 待ってくれてる人もなし しょんべんのにおいのあの横丁に行こう 切れたネオンの看板のあの店で会おう 良いも悪いもあきらめて 苦笑いで飲もう・・・


セットは自動で動いてくるときもあれば、キャストの方々が演技をしながら押してくることもあるし、押しながらはけて行くこともある。それも全く不自然ではなく、ストーリーの邪魔をしていないのがすごい!キャスト陣が堂々とセット転換してしまう演出。この場面に於いて、黒子を使うより余程自然な役割を果たしていると思う。

みれん横丁は、トットてれびの世界観をものすごくディープにしたような感じ。狙っているのか否か、オレンジ色の「スナック丸」という看板に目がいく。壁の落書きも細かい。(「どんづまり」「おれ&よいこ(相合い傘)」「立ちション厳禁」等これだけでここがどんな場所かが一目瞭然である。)



オキナワの“城”、みれん横丁に連れられてきたコージ。カバンを大事そうに胸に抱き、物珍しそうに辺りを見渡しながらオキナワの後を追う。ここは世間からはみ出た人々が暮らすドヤ街。みれん横丁の住民は「放火魔さん」「のぞき魔さん」「当たり屋ちゃん」「人殺しさん(通称おっちゃん)」「陛下」など、独特のネーミングで呼び合っている。


「おーオキナワ~!どうだ?北野プロに許してもらえたかー?」
「俺が教えた“土下座"!したのかよ~?」
横丁民が口々に声を掛ける。


「それがよォ、器のちーーせぇ連中でよォ」
はーやだやだ!というように顔を歪めて皮肉っぽく答える。そんなオキナワの後ろで大人しくしている新参者を見つけた横丁民は、ワイワイ寄ってたかって興味津々だ。「見ねぇ顔だな」「身ぐるみ剥ぐか!」「おい兄ちゃん粉薬買わねぇか?」「お前!足踏んだな?!悪いと思ってんなら肝臓出せよ」等と早速洗礼を受けるコージ。


「まーまーまー夜逃げさんも、ほらほら当たり屋ちゃんも、落ち着いて」
されるがままのコージを見かねて、オキナワはご丁寧に1人ずつ剥がしながらなだめる。
「ぜんぶ燃えちまえばいいんだあああ!!!」
「放火魔くんも、お静かに」(オキナワはよくボケるしよくツッコむ几帳面な奴)


「なんだよーよそ者は身ぐるみ剥ぐってのが決まりだろ~?」
「よそ者じゃないよ。こいつ、俺の友達なんだ」
「オキナワの友達っつってもよォ、俺らの友達じゃねぇからなぁ」
聞く耳を持たず、再びコージを取り囲もうとする横丁民だったが、それを遮る声が響く。
「落ち着きたまえ諸君~~!!!」
上手階段の上の方から軍服を着た口髭の小柄な男が現れた。


「オキナワ、あの人は…?」
めくるめく展開にビクビクしながら問うコージ。
「あー陛下だよ。まっ、皇族のフリした結婚詐欺師だな」


優雅に階段を下りながら、陛下は語りかける。
「お前たちにも、人生にどん詰まってここに流れ着いた日あっただろう。思い出せ!あの日みんなが受け入れてくれたおかげで、今があるんじゃないのか?!」
確かに…とこれには横丁民も納得の様子。そしてコージは陛下から、歓迎の品として串に刺さった肉を渡された。


「へっ…ばんべきゅう?!(BBQ )いいんですかっ!」

「おー食え食え」

「へばっ」

「……どうだ?美味いか?」
コージの反応を固唾を飲んで見守るみんな。

「むふふふ、ハイ♡」(とっても幸せそう)

\おおおおお~~~~~/

「(モグモグ…)ところでこれ、なんの肉ですか?」

\あはは~…あはははは~…^^/

「…?あ、あんのォ……??」


キキーーーッドン!!!キャインキャイン!
車のブレーキ音と何かが轢かれた鈍い音、動物の鳴き声…

のぞき魔「おーーいまた野良犬が轢かれたぞー!!」(常に双眼鏡で何かしら覗いている)
陛下「何犬だっ?」(常に声が裏返りそうな「○○であーる!」のような喋り方)
のぞき魔「…柴犬だーーー!!」
陛下「よぅーし、バーベキューだーー!」

\うおおおおおおおおおおおお/

自分は毒味要員にされたということを瞬時に察したコージ。途端に胃からばんべきゅが込み上げてくる。

「ウッウッウッ……ウエエエェェェ……」
外に置いてあった大きなポリバケツに、ブツがハッキリ見えるほどの量を思い切り嘔吐。(このブツは、客席に背を向けるどさくさに紛れて“幻覚さん"から仕込まれていることを確認済。)


「おおーい、コージはお前らのために毒味してくれたんだぞ~?」
「分かってるよ。もう仲間だね」当たり屋ちゃんがニヤリと笑う。
「だとよ!良かったな、コージ」

そんな声掛けに答える元気もないぐらい、気が滅入ってる最中…

「おーーい!外人の女が落ちてたぞーー!!!」
野良犬を拾いに行ったはずが、横丁民たちは奥から1人のブルーアイの美女を運んできた。彼女の名はテレサテレサは何が起こったのか理解できないように戸惑っているが、大興奮の男集団はそんなことお構いなしだ。テレサの存在はこの埃くさい横丁に居てはいけないほどの華がある。これも錯誤が働いていると思う。(俺節パンフ 六角さんページ参照)

舞台の真ん中前方まで運び下ろしたところで、雄共は地べたに座るテレサを取り囲んで盛っている。


「いい加減にしろ~~~~!!」

陛下が叫ぶ。さすが陛下は紳士だ。と安心したのも束の間、無邪気な顔でこう提案した。
「順番を決めよう♪」(陛下~!)
この横丁は陛下の言うことは素直に従う風潮があってかわいい。「俺1番~!」「2番!」とテレサを軸にして綺麗に1列になって並ぶ。陛下もちゃっかり2番に並ぶ。横丁民唯一の女性・当たり屋ちゃんは、押しくらまんじゅうで跳ね飛ばされ、その列から離れたところでむすっとした顔で男たちを見つめている。


1番目が意気揚々とテレサの目の前でズボンを下ろしたが、急にハッとしたような顔をした。

「びょ…病気持ちかもしれねぇぞ~……」

もしそうなったら大変だ!とギョッとする雄共。
「よ~し、コージに毒味をさせよう。ズボンを脱げ~!」と、列には並んでいないが酷い提案をするオキナワ。

「いっ…いやいやいやいや……!!!
男たちからズボンを脱がされそうになるのを両手で押さえ必死で抵抗するコージ。踏んだり蹴ったり。



バァン!!!!!!カランカラン……

突然奥から大きなアルミ缶を蹴飛ばす音が響いた。静まり返る横丁。


「あーーーーーいたいた!」(高音)

ヤクザだ。パンチパーマ&グラサンで強面なボスを筆頭に、脇には下っ端2人、計3人が横丁に入ってきた。これまたいかにもな風貌だ。


「悪いが、そいつはうちの大事な“商品"」
テレサを指差し言った。


「…す、すいませんでした~」
へなちょこな声で謝りながらおずおずとヤクザたちに道をあける横丁の男たち。
テレサは絶望したように俯いた。下っ端2人から両腕をがっしり掴まれひょいと持ち上げられると、そのまま連れていかれそうになる。何語か分からない言葉を発しながら悲痛に泣き叫ぶテレサ。十字架のネックレスを天に掲げ、祈りながら足をバタバタ動かして抵抗している。横丁民はそんな居たたまれない様子を黙って見届けることしかできない。


「…あ」
ヤクザのボスが何か思い立ったように振り返る。

「もしかして、ここにいる全員でこいつを逃がそうとか考えてたんじゃないよなぁ?」

\いやいやいや……(ご冗談を~)/

否定したのにも関わらず、1人が見せしめのために下っ端に殴られ倒れてしまう。とんだ流れ弾だ。悲鳴を上げるテレサ。犠牲者が出た恐怖でさらに萎縮する横丁民。

満足したようにその場を去ろうと背を向けるヤクザたちに、ある男が立ち上がった。


「ちょっと待ってけろ!!!」


口火を切ったのはコージだ。


「へへ…よく分かんねぇけど…その人そのまま連れていかれるの…おら、なんかイヤだなぁ……」
ナヨナヨと笑顔を作りながらヤクザたちの傍まで歩く。

「おいコージ!ちょっと黙ってろよ!」
せっかく丸く収まりそうだったのに…!というようにオキナワがイライラした様子で咎めに近寄ると、コージはムッとしてそのまま胸ぐらを掴んだ。オキナワより背が小さいのでものすごく見上げる形だが。


「あの手の方々には逆らっちゃいけねぇんだよ!」
「それが東京ってやつだべか!」
「お前の田舎でも一緒だろうが!」
「んだなぁ!どこでも一緒だなぁ!!」
こんな状況なのにちっちゃく固まって小競り合いする2人。


「どーもすいませ~ん。行ってくださいな~」

場を納めたいオキナワは愛想笑いでヤクザたちを行かせようとしたのだが、「ちょっと今の、俺はカチンときちゃったな~…」と下っ端ヤクザがコージ目掛けて走ってきた。案の定コージは殴られてしまう。さっきの見せしめの一発とはわけが違う。数発殴られる。何もやり返せないコージ。

「まぁまぁまぁ…」オキナワがなだめようと間に入ると、一緒になって殴られてしまった。テレサも横丁民も、2人のやられっぷりに痛々しく声を上げる。


「よーく見とけよ。お前が逃げ出したからこうやって沢山の人に迷惑かけてるんだからな」
「分かりました…分かりましたから…」


散々ボロボロにされた後、「どうもすいませんでしたぁ……」オキナワが客席にお尻を向ける形で土下座をした。「お前もほら…っ」右隣で力なくへたっていたコージの背中を右手で押さえ、一緒に謝らせる。「すいませぇん…」あれだけ威勢よく立ち向かっていったのに、オキナワに言われるがまま並んで土下座してしまった。

やっとヤクザが去ろうとしたタイミングで「ご苦労様ですぅ~…」と声を掛けるオキナワ。それすら燗に触ったのか、もう一発蹴りを入れられる。そしてついでのように、隣で土下座スタイルを崩さないコージの背中に唾を吐きかけ横丁の出口に向かった。



その瞬間、コージの体内に電流が走ったように固まったのが分かった。



「待てェ………」
今までにないドスの効いた低い声。のらりと立ち上がる。

「コージ…頼むから黙ってくれ…」
オキナワの懇願は届かない。

「ああん?俺らに言ったのか?」


「謝れェ…謝れェ!!!!おらんでねぇ……ばっちゃんの背広に謝れェ!!!」


上京したときにばっちゃんから託された背広。自分の襟元をギュッと握り、ヤクザを睨み付ける。「何言ってんだか分かんねぇよ!」再び殴られても「謝れェ!!おらは何されても文句言わねぇ…だどもばっちゃんに……ばっちゃんに…」と息絶え絶えで訴える。だがヤクザはまともに聞いてくれない。それでもコージは主張を止めることをしなかった。繰り返し繰り返し、殴られ続ける。物陰から見守る横丁民からも痛々しそうな声が漏れる。テレサも、コージを直視できない。


「おら…この、背広に、故郷(くに)しょってんだ…」

「ああそう!」地面を這いながら訴えるコージの本気も空しく、適当にあしらわれ蹴られる。もう満身創痍だ。ふらふらと正面を見て立ち上がった。



「謝れェ!!!やんだば………殺せぇぇぇぇぇ!!!!!!!


「意味分かんねーよ!」
下っ端ヤクザの1人が背後から竹刀のような棒を持ち出し、コージの頭に力一杯振り落とした。横丁から悲鳴が上がる。コージは膝をガクガクさせながらその場に倒れた。

こじき殺して捕まったらたまんねぇっすよ」
焦ったヤクザたちはその場を去ろうとする。


「………待て」
意識が朦朧とする中、力を振り絞り立ち上がるコージ。もうやめてくれ…と誰もが思ったはずだ。


「今度は、おらの番だ…おらの武器で、あんたらを殴るど……」


「殴りすぎて頭おかしくなったんじゃないすか?」
「だな」
下っ端ヤクザの1人がまたコージを殴ろうと近づいた。そのときだった。




「凍、て、つ、く………」


その場にいた全員(客席含む)が固まり息を飲む。コージは突然、『港(吉幾三)』をアカペラで歌い始めたのだ。「はァ……はァ…………」と度々息を切らしながらも、コージの歌は北野のときのように止まらない。刺すような鋭い眼光と歌で空気を支配していく。下手側のサイドには、プロジェクションマッピングで縦書きの歌詞がカラオケのように映し出される。


「港でひとり……あんたの帰りを待って……おります……」


誰もが納得せざるを得ない、歌がコージの真の武器だった。本気で殺しにかかっている気迫。おぼつかない足取りで1歩ずつ歩きながら。ヤクザたちは鬼気迫るコージの歌唱に圧倒されて腰を抜かす者も現れた。それも全然大袈裟な反応じゃない。

最初は唖然と聴いていたオキナワだったが、コージの歌に背中を押され何とかギターを構え、ありったけの力でメロディをかき鳴らした。物陰に隠れていた横丁のみんなも、どんどん前のめりになりながらコーラスとしてコージの武器に加勢していく。グルーヴが凄い…。


「ああーー北の港には冬待つ…………をーーー、んーーーーー、ぬぁーーーーーーーーーー」



圧巻…!
(ここはフォトコールの模様がWSで流れていた場面だったが、生の迫力はテレビの前のそれと全く比べ物にならなかった 。)


「はァ……はァ…………」
バタン…ッ!
力尽き背中から大の字に倒れ、コージは気絶した。
今度は拳でやり返そうとする下っ端ヤクザだったが、ボスが制止する。



「2番まで歌われたら…!謝まっちまうところだったよ…」


「助けなきゃ…!」思わず身を乗り出すテレサに、ヤクザは腕を拘束する力を強める。
「すっ…すいません…すいません…」後ろ髪引かれるテレサだったが、今度こそ本当に連れていかれてしまった。


ヤクザたちが横丁を出ていったのを確認すると、全員が一気にコージに駆け寄る。
「だ、大丈夫か…?」「死んだんじゃないのか?!」「よーし!身ぐるみ剥げー!」(陛下…)「ああ?!」「じょ冗談だよぉ…」「ハイハイ手当てするぞ!奥運べ!」「おー!」バタバタと奥へ運ばれる。


1人動けず横丁に取り残されたオキナワ。
今起こったことをゆっくりと咀嚼してるように固まっているが、表情が高揚している。
「ク…ッ」
こっからおもしれぇことになるぞ…!と確信したように正面を見据え悪戯に笑い、くるりと身を翻しコージの元へ走って行った。




ここで場面は変わる。
暗くなり、照明もムーディーなオトナの世界。
次に登場したのは露出度の高いセクシーなドレス衣装を着て踊る、インパクト大・見た目も強烈な女性5人組。リーダーなのかカスバの女(エト邦枝)』をマイクを持って歌っているのは、最年長と思われる赤ドレスの女性1人だ。その他は皆股をパカッと開けたり腰を振ったり、挑発するように踊っている。
わざとらしいほど表情豊かにパフォーマンスをしているが、ここは多分セレブのための店じゃない。ドレスも少し安っぽい感じがする。(超主観)

その途中、遅れてテレサも合流してきた。ヤクザから連れてこられた先はここだったんだろう。テレサもこの店のストリッパーのようだが、やはり美しさは目を引く。踊り子になりきれていないようで、場に馴染めていない。そうこうしてる内にパフォーマンスが終わった。


「おちゅかれさまでしたーー!」
若手であろう黒髪ロングヘアの①シャオ(中国)の甲高い声が響き、ストリッパーたちは6人で1部屋の楽屋に戻る。

「あのオッサン、見たよね?!盗撮だよね?!ワタシが脚開いたらカバンがぐーーーっと寄ってさ!あれじぇったいカメラ入ってたヨ!」
ガニ股で顔をしかめるパーマヘアのエドゥアルダ(ブラジル)

エドゥアルダちゃん~客席全員オッサンだからァ~」
金髪でスラリと背の高い③アイリーン(フィリピン)

「そーゆーときはあえて股をパッカーッと開けてやるんだよ。そしたらそいつは、アタシのアタシを覗きこんでくるだろ?顔を近づけてきたらそのまま、そいつにしょんべん引っ掛けてやりゃあ~いいのさ~~!」
ベテランのリーダー格であろう赤いドレスの④マリアン姐さん(ブラジル)が潔く言い放ち、ストリッパーたちはケタケタ笑う。
「そんな都合よく(おしっこ)出ませんよぉ~~」と金髪のアイリーン。

その中にいる黒髪ボブ、ストリッパーらしくないオカンのような⑤橋本さん(日本)も気になるところ。

テレサ(ウクライナ)の気分は落ちているため(ドレスカラーもブルー)、少し離れた階段に1人寄り掛かって座り、心此処に在らずだ。



「板の上で30年も踊ってたら、出来ないことなんてなくなるね~~!」
「ふんっふんっ」と言いながらサンバのように足を高く交互に上げ下げしたり、M字開脚をしたりめちゃくちゃアクティブな動きを見せるマリアン姐さん。顔が真面目なのがおもしろい。


「そういえばマリアン姐さんっておいくつなんでしたっけ?」あっけらかんとシャオが訊く。

\しゃ、しゃ、シャオ・・・!!それは・・・!!!/一斉にうろたえるみんな。

「その質問に答えたらーーこの世界から戦争がなくなるんだとしたらーーー答えてあげてもいいけどーー??いいけどぉーーーー???」ブリッジのような姿勢で凄む。

「しゅ、しゅいませーーん!トイレ行ってきまーす!」

シャオが焦って楽屋から出ていこうとした直前、先に外の方から扉が開いた。入ってきたのは、眼鏡でヒゲをたくわえた胡散臭そうな小家主だ。「まさかお前もウクライナテレサ)みたいに脱走しようとしてたんじゃないだろうな?!」「違います!トイレに…」事実を述べたのに、手に持っていた新聞紙(スリッパの場合も有)でスパンッと頭をはたく小家主。「ヒッ…」シャオの高い声が響く。

小家主はトイレに行くのも禁止すると言い出した。「アンダースタンド?!」時々混ぜてくる英語が鼻に付く。「フィリピン!アンダースタンド?!」というようにストリッパーたちを出身国で呼び、1人1人に返事をさせる。そして最後の1人。「ウクライナーーー!アンドゥラァァァァスタァァンド???」階段でへたんと座っているテレサにじりじりと近づいてくる。


「マネージャー!!!テレサちゃんももう分かってますから…」
橋本さんがテレサと小家主の間に入り、止めに入ってくれた。

「橋本さんは…僕の味方だよねぇ?」ニヤリと悪い顔をすると、いきなりブッチューーと濃厚なキスをする小家主(!)
目撃しているストリッパーたちはお気の毒…と言わんばかりに「オエ〜…」と顔を歪める。数秒続いたキスからやっと解放したと思ったら、今度はグーで一発橋本さんを殴った。なんつー奴……


荒らすだけ荒らし「うーーひゃっひゃっひゃ」と高笑いしながら楽屋を出ようとする小家主。扉を閉める直前、「全員!アンダースタンド?!」と顔だけ覗かせる。「ふぁい……」渋々頷くストリッパーたち。満足そうに「グッ(OKポーズ)」と言い残し、嵐のごとく去っていった。最低野郎のPVのようなゲスっぷり・・・!!アッパレ!!(ゲスいのにコメディアン感が強いからかちゃんと憎めない複雑なこの気持ち…)



「橋本サン!!大丈夫ですか…」
自分を庇ってこんなことになった橋本さんに心配そうに近づくテレサ。「あー大丈夫!大丈夫!」明るく返してくれる橋本さんだったが、他のストリッパーたちが黙ってない。「あんたが逃げ出したりするから!…このザマだよ!」「パスポートだって切れてるのに、逃げたってどこにも行けないよ?」「家族のためにまだまだ稼がなきゃならないんでしょ?!」とマリアン姐さんとエドゥアルダのブラジルコンビに叱られてしまった。

「はい…はい…」と立ちっぱなしで逐一返事をするテレサ

アイリーン「“はい”“ハイ”“はぁい”って…色んなハイを使い分けるようになったねテレサも!」
シャオ「にっぽんじんみたーい!」


一瞬和んだ楽屋の空気にテレサは自ら水を差す。



「私はお金を稼ぐ人。家族はお金を使う人…」



「そんな言い方…」困ったように言うマリアン姐さんにわざとらしく笑ってみせるテレサ
「ごめんなさい…私のせいで皆さんにご迷惑かけて…」
するといきなり、ドスン!と音が鳴るぐらいすごい勢いで土下座をした。


「このたびの件につきましては!!!全て私の不徳の致すところでございます!!!!!」
(今までのしおらしさとは別人レベルに低く野太い声)



\……ぷっははははははははは/

一気に楽屋が笑顔に包まれる。「どこで覚えたのそれ〜」「どーせまた客が面白がって教えたんだろー」「フライデーナイト?(すごいあだ名で呼ばれている客)」「もおいいよ〜テレサエドゥアルダもヨシヨシと頭を撫でる。5人に温かく囲まれ、許してもらえたテレサ。良かった…みんないい人そうだ。ストリッパーたちの絆が、辛い日々の心の拠り所になっているんだろう。

「よし!出前とろー出前!」「いいねー!」みんなで空気を切り替える。
そば屋〜〜テレサ!何頼む?」いつもテレサを気にかけてくれるのはエドゥアルダだ。


◆ちなみにこの「テレサ!何頼む?」からの出前シーンは毎公演テレサエドゥアルダのアドリブ炸裂◆
「かけそば…」「なんか具ぅ乗せろよ!」
「うなぎ…」「どんだけ高いもの頼むんだよ!もっとしおらしくしろよ!」
「きつねうどん…」「珍しくまともな注文したね」
「串カツ…」「出前だって言ってんだろ!」
「白子ポン酢…」「居酒屋メニューじゃねぇか!」←千秋楽
(ごくごく一部・レポからも抜粋)

桑原裕子さん(エドゥアルダ)のツッコミが冴え渡る…!



出前を待っている間、テレサがふと鼻歌で『港(吉幾三)』を奏で出す。
先程みれん横丁でコージが歌っていた歌だ。綺麗なハミングにつられ、近くに集まるストリッパーたち。
エドゥ「いいメロディだね」
テレサ「あは、知ってますか?」
エドゥ「曲名は知らないけど…多分それ、演歌ってやつだよ」
テレサ「エンカ…?」
マリ姐「ええんか?」
エドゥ「ええのんか〜〜〜?」
自分の胸を揉む仕草をしながらキャハハと笑い合うストリッパーたち。下ネタがはびこってるのに、この楽屋はなんだかかわいらしい。




そしてセット転換。
場面は再びみれん横丁へ…

「♬アイラビュ〜OK〜暇〜〜すぎるぜ〜ぃ」矢沢永吉『アイ・ラブ・ユー、OK』の替え歌を歌っている1人の男。ギターを肩から下げ、階段の上に座り込み時間をつぶしているオキナワだった。あれから数日経っているようだ。少しすると、人殺しのおっちゃんがやってきた。


「おーオキナワ〜、コージはどうした?」
「放火魔に誘われてお仕事だと!」(ふて腐れ顔)
「お前も働けよ」
「まだ250円もあんのに?」(ドヤ顔)
「どうしたそんな大金…!!」
「俺とコージがデビューすれば、この何百倍も稼げるんだぜ〜!」
夢いっぱいの表情を浮かべる。

「だけどあれからまともに歌えてねぇじゃねぇか」
「…めぐせぇんだと」
「めぐせぇ?」
「恥ずかしいんだってさ。呆れるよ!」
溜め息混じりにぼやくオキナワ。どうやらヤクザの一件以来、まともに歌えていないらしい。


そんな中、おっちゃんは静かに語りかける。


「オキナワ…俺はこの横丁でそんな奴いっぱい見てきたぞ…自分に自信が持てなくてよぉ…なんか、生きてるだけで恥ずかしいんだよな。なぁ、オキナワ。お前がアイツ一人前にしてやれよ」


オキナワは神妙な面持ちになり、考えふけるように黙ってしまう。


すると階段の上の道からガヤガヤと横丁民数名がやってきた。皆土方仕事に勤しんでいるようだ。揃いも揃って泥にまみれた作業服とヘルメット、首からは汗の染みたタオルを下げている。その中にはコージの姿もあった。オキナワに気づいたコージは、片手をピンと伸ばして手を振り、手招きする。

「お〜〜い!オキナワ〜〜〜こっちサ来いっ」

「や〜だよ〜っと」(ギターに合わせ)

「なんね!お前も労働者の芳しきにおいを堪能しろ〜〜♪」
ガニ股でパワーみなぎるポーズをとる。汗水垂らして働く喜びに目覚めたようで、泥まみれのコージは心底楽しそうだ。すっかりこの横丁に馴染んでいる。
歌手になるため何かをしているわけではないが、日々充実はしてるらしい。


「(クンクンクン…)この汗と泥と埃のにおいこそが、この横丁の誇り高きにおいだべさ〜」
\おおおよく言ったぞコージ!その通りだ!/と盛り上がる労働者一同。一斉に『みれん横丁のテーマ』を合唱し始める。だがコージは加われない。
「どうしたんだよ?お前も歌えよ。♬土方仕事で…
すると途端に輪から外れてしまうコージ。

「なんだよ…プロの歌手目指してる奴はこんなとこで歌いたくないってか?!」
「そ、そうゆうわけでねぇけど…」

コージがどもっていると、下の方からオキナワが助け船を出した。
「あーー悪ィ悪ィ!めぐせぇんだとよ」
歌詞を知らないからじゃなくて恥ずかしかったのかい。それにしても…コージの立場が悪くなりそうになると先立って謝ってくれるオキナワは本当に面倒見がいい。コージは気づいてないんだけど。



すると上手側からギターを肩から下げた1人の男がふらっと現れた。

「大野の旦那だーーーーー!!!!!」

気づいた1人が叫ぶと、横丁民が興奮気味にどこからともなく飛び出してくる。労働組もバタバタと階段を下りていったが、オキナワは逆にコージのいるところまで階段を上がってきた。おっちゃんも同じ場所にいる。
コージはその場でポカンとしながら見下ろして様子を窺う。


「旦那ぁ〜何か歌ってくれよ〜」
「たまたま通りかかっただけだよ」(ポーカーフェイス)
「堅いこと言うなよ旦那ぁ〜」
おーーまーーえーーらーーー!大野の旦那はこれで商売やってんだ。タダで歌ってもらおうってのは失礼だろう!」陛下の一言に納得する一同。

「で、旦那はいくらでやってるんだっけ?」
「3曲1000円」
「よぉし!俺が300円出すー!あとはカンパしろ!」
陛下の元にわらわらと小銭を持ち寄る一同。「え…こんなに…?ありがとう」と小声でコソコソやっている。金額が達したらしい。自信満々に陛下は言った。
「よぅし!316円!」
「足りねぇじゃねぇか…!」
(この横丁に於ての陛下の圧倒的経済力を見た…)


「飯代は残しとかないとな!明日も重い荷物担がなきゃなんねぇからよ~」
「そうだよなー歌なんか聴いてる場合じゃないよなー」
話にならん、とそのまま通り過ぎようとする流しの大野(以下、大野)に、放火魔さんはすがるように言った。

「でもよぉ!飯食って荷引いてるだけじゃ、牛や馬と変わらねぇ…昼間の俺らは動物だ。畜生だ。でもこうやって日が暮れて、歌を聴きながら一杯やってるときにやっと、人間に戻れるんだ。牛や馬は歌聴かねぇからな!なぁ旦那、俺らを人間にしてくれよ…」


「…五木ひろしでいいか」
この切なる願いに揺り動かされた大野は、ゆっくりと流れるような声で『暖簾(五木ひろし)』を弾き語り始めた。大野を取り囲んで地べたに座る横丁民は、時々涙を拭きながら聴き入っている。
最初はヘルメットをお腹に抱えポカンと聴いていたコージだったが、歌が進むにつれ興奮したように口元を手で隠したり頭を掻いたり、そわそわし始めた。空気と一体化するように歌が終わると、皆歯を食いしばりながらおいおい泣いている。


「オキナワァ…あの人…変わってるなぁ…」
大野をぼんやりと見つめたまま話すコージ。

「あ〜確かに、顔と眼鏡と髪型のバランスが絶妙だよなぁ〜」(大野を演じているのは六角精児さん 笑)

「まだ挨拶もしてねぇのに…おらのために歌ってくれるなんて変わってるべ…」

「はぁ?お前のため?」



コージたちの下の方で聴いていた内の1人が声を上げる。
「旦那ァーーーー俺…俺嬉しいよぉ…」

\うん…っうん…っ(泣)/噛み締めるように頷く一同。

「旦那がぁぁ俺のために歌ってくれるなんてよぉぉぉ」

\はああああああ?!!/

「今のはお前じゃなく俺のためだろ?!」
「いいや!お・れ・の・た・め・だけに歌ってくださったんだ!」
聴いた誰もがそう思い込んでしまうぐらい、心に響く歌だったらしい。自己主張が強い集団なので、「俺のため」論争で一悶着起きる。

一方で自己主張の少ないコージも、もどかしそうに手を挙げたりその場で静かに地団駄を踏んだり、地味に加わっている。とうとう論争の矛先が大野自身に向いてしまい、もう押し合いへし合いのしっちゃかめっちゃかだ。おもしろがってか、オキナワも階段を駆け下りその中に加わる。「勘弁してくれよー!」大野は横丁を逃げるように後にした。


「なんだよみんなして。しがない流しを有難がってよォ」
「だども…いい歌だったなぁ…」

「なぁ!飲み行かねぇか?たまにはパァーーッとよ!」
高いところに立ち尽くしているコージを誘う。
「じぇんこ(お金)がねぇ…」
「あるよー!」
ドヤ顔で革財布を掲げる。どさくさに紛れて大野からスっていたのだ。
「お前ーーー!!俺の財布盗ったろーーー!!!」
気づいた大野が下手側より戻ってきた。
「やべ」
だが大野は、オキナワの近くにいた別の男を追いかけていく。
「お、俺じゃねぇよ〜〜〜〜〜い」
「待てーーーーー!!!」
かわいそうに。彼は「スリくん」今回は濡れ衣だけど、日頃の行いってこういうことなんだろうな…難を逃れたオキナワは、いつもの悪戯笑顔でコージの元までやってきた。


「たまには景気いい店行こうぜ〜!」


「じゃ、お言葉に甘えて♡」
人殺しのおっちゃんの一言をキッカケに、照明がぐっと落ちて暗くなる。そして真っ直ぐ繋がっていたセットが真っ二つになり、
下手【←おっちゃん】と【オキナワ&コージ→】上手
のように橋分かれの形になる。だんだん離れ離れになり届かない手を伸ばすおっちゃんと、にこにこ穏やかに手を振る薄情なオキナワ&コージ。




場面は再びストリップ劇場。
また一段とディープな雰囲気がムンムンだ。短いランウェイのようなステージを囲み、タンバリンやマラカスを持った男たちがイスに腰掛けながら盛り上がっていた。中にはふつうのサラリーマンであろうスーツの男もいたところに、この空間の闇を感じる。

これから行われようとしてるのは、売春行為。踊り子たちの競りだ。

オキナワに連れられたコージは、もちろんそんなこと知る由もなく、オキナワに促されるがまま手前のイスにちょこんと座る。(オキナワはその後ろで立っている)
「おーい早く出せよ!」客の野次が司会の小屋主に向けられた。「はいはい、アンダースタンドでございます~!」
愛想を振り撒きながら、下品だけど巧い紹介を始める小屋主。(股間にマラカスを当てて「ブラブラブラブラじ~る汁」とか)


ムーディーな音楽と共にステージ裏とステージを区切る正面のカーテンが開き、まず登場したのはエドゥアルダ。思いきりガニ股で凶暴な野良犬のように客にガンを飛ばしながら現れた。
「笑顔笑顔!」小屋主から小声で注意され、わざとらしくへにゃあ~と笑って見せる。サンパウロ出身、日系三世のエドゥアルダですッ」声も作って可愛らしくポーズを決めた。エドゥアルダが近くの客に脚を触られそうになるのを見ると、コージは嫌悪感丸出しでその客の手を払い除けた。驚く客に、後ろのオキナワが代わりに謝る。エドゥアルダもまたすぐ元のしかめっ面に戻った。

「それでは60分、5千円から!」小屋主のコールにより、男たちの競りが始まる。

金額が飛び交う中、エドゥアルダは腰振りをして客を煽る。結局、野球帽の男に買われて部屋へ入っていった。気の弱そうな男に見えたが、ステージのカーテンが閉まる直前、前を歩いていたエドゥアルダの背中を乱暴に蹴った。このとき感じたイヤな予感は後々的中する…。


「それでは次参りましょう!チェルノブイリからやって来た…」この説明だけで大いに沸き立つ客たち。「おめめ青けりゃ乳首も青い!テレサちゃーん、いらっしゃ~い!」(新婚さん〜のフリで)
恐らくテレサがこのストリップ劇場でナンバーワンなのだろう。客のテンションの上がり方が分かりやすい。


「オキナワ…見損なったぞ…」
両手でズボンの太もも部分をギュッと握っているコージ。事の真相が分かってからはステージの方向を一切見れていない。
「なにが?」
「なにって…おかしいべこんなの……」
「職業に貴銭なし、っていうだろ?これも立派な職業だ。いいから黙って座っとけ」


カーテンが開くと、顔の沈んだテレサは何も言わず楽屋に戻ろうとしてしまう。しかしすぐさま小屋主に連れ戻され「60分、1万円から!」とそのまま段取りを続けられた。テレサ人気はやはり凄まじく、男たちは白熱した勝負を見せている。


「おら、けーるわ」
「あ、おい待てよ!」
コージは憤りながらそのまま劇場の出口に向かった。
金額が1万5000円まで上がり、いよいよ落とすか…というタイミング。


「1万5千……800円!!!!」

助平(恐らくスケベエ)という男が、持っていたタンバリンを頭から首まで被りながら声高々に言い放った。小屋主は呆気にとられその場に転げる。


コージは後ろを付いてくるオキナワに文句を言おうと振り返ったこの瞬間、テレサがステージに立っていることを初めて認識した。まさかの再会に固まるコージ。「上がるか?上がるか?上がらない……それでは!こちらのお客様お買い上げ~~…」小屋主がベルを鳴らし始めたとき、出口の前に立っていたコージが咄嗟に大声を上げた。


「1万6000円!!!!!」


え?誰もがコージの方を見る。「おらが…っ1万6000円払うべ…!」ずんずんステージに近づいていく。「おいコージやめとけって!」オキナワの声は完全シカト。
「あれ…?こないだの…」
テレサもそこでやっとコージの存在を認識して笑顔になる。「何だよ、もう決まりかけてたとこだろ?!」助平はおもしろくない。「すみませ~ん…それでは!こちらのお客様に~…」小屋主がコージにベルを鳴らそうとした瞬間、「1万7000円!!!」助平は言った。こうなったら男と男の意地の戦いだ。
他の客から「そんだけ払ったらヘルス行けるぞ~」と言われても止めない2人。助平に至っては、隣に座っていた客に「兄ちゃん、俺5000円ぐらいなら貸すぜ?」とまで言われている。

だが2人が違うのは、助平は現実的に考えて50円単位でチマチマと値段を上げていくのに対し(せこい)コージは一文無しのくせにテレサを守りたい一心で戦っているので、値段の飛躍が大胆だ。後先など考えてない。

「お客さん、ほんとにお金持ってるんでしょうね?!」とうとう小屋主にも疑われてしまう。「そんなに、持ってねぇよなぁ?」オキナワにもなだめられるが、コージの目つきは戦闘モードだ。「…お客さん、お連れして!」小屋主がガラの悪そうな劇場のガードマンに指示を飛ばし、コージは追い出されそうになる。そのときだった。


「私、貸します!!!!!!」


ステージ上から手を上げ名乗り出るテレサ
え?誰もがテレサの方を見る。予想外の展開にしばし思考停止する一同。

「私、この人に、お金、貸します」
至って真面目に、コージに両手を向ける。

「おいお前そりゃないぞ?!」小屋主も動揺している。コージはテレサの言葉をゆっくりと咀嚼し、五本指を前に突き出して叫んだ。


「5万!!!!!!!!」


「……え~~~?!おかしいでしょ~~~~??!これで俺が\6万!/って言ってもなんか違うじゃ~~ん?!心が完全にそっち向いてちゃってるの分かってるのに俺……馬鹿みたいじゃ~~~~~~ん、、、」ごもっともな嘆きをする助平。


「ああーーいいよいいよ!こうなったら嫌がらせで抱いてやるよ!1万5800円。これでいいだろ?!」
最初に競り落としたはずだった金額分をステージ上にバンと置いて言う助平。

「しかしですねお客様……」
「だってアイツ、金持ってないんでしょ?!」
「……そ、それでは改めまして、こちらのお客様に決定~~!」カランカランカラン。取引成立のベルが鳴る。助平に肩を抱かれたテレサは、コージのことを振り返りながらもカーテンの向こうに連れられていく。


為す術がなくもどかしそうに頭を掻きむしるコージ。…と次の瞬間、周りが気づかないぐらい自然な身のこなしでステージを上り、カーテンの向こうに勝手に入って行った。
「なになになになにぃ〜」迷惑そうな顔をする助平の腕を掴み、強制的に連れて来てしまう。


「堪忍してけろ!!」
「別に怒ってるわけじゃないから!」
歌で、堪忍してけろ!!おらが5万円分歌うべ…!」
やりたい放題のコージは、とうとうガードマンに連行されそうになった。
しかし「いーよいーよ!!」と助平が引き止める。

「俺、聴いてみたいもん。5万円分の……う〜~〜たァ~~~~~~〜〜??なぁ青年!
ギロリと目つきが変わるコージ。ガードマンたちの手を払い退ける。



「オキナワ…!北国の春(千昌夫)』!」
(オキナワはどこに行くにもギターを肩から下げている。ギターを弾けと。)
「〜〜っ…知らねぇからな!」
またもし上手く歌えなくても…という意味だろう。そう言いつつもギターを構えてくれた。
「へば…」


白樺ーーー青空…南風〜こぶし咲く、あの丘北国の〜ああ北国の春〜〜ーー……」

だんだんと空気をコージのものにしていく。いけるか!

しかし、結局また歌えなかった…。
途中まで順調に歌っていたが、やはり歌い切る前に喉が詰まったように歌唱を停止してしまったのだ。


「つまみ出せ!」小家主の指示の下、ガードマン2人がかりで連行されそうになると、「離せ離せ!」とジタバタ暴れ出す。言うことを聞かないコージ、とうとう頬を殴られた。これをキッカケにその場は大乱闘。誰が敵か味方かも判断つかないほどごった返してハチャメチャだ。


コージは、ステージ上でオロオロしているテレサ一直線に走っていく。もちろんガードマンに制止されるが、腕に噛みついて反撃!
ステージ裏で出番を待っていたであろうアイリーンと橋本さんもこの騒ぎを見かねて出てきた。切羽詰まったように手招きをする。テレサテレサ!あんた(コージ)もこっち!!」乱闘勢をすり抜けてステージ裏へ向かう2人。その直前、助平に出くわした。するとコージは突然助平の胸ぐらを掴み、耳元に顔を近づける。


「あのふーーーるさとへーー帰ろかなーーーーーかーーーえろーーかなーーーーーーー」

先程歌えなかった北国の春(吉幾三)』のサビを、助平の鼓膜が破れそうなほど超大音量で歌い上げた。

「ううううるせぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!!」
耳を押さえながら助平が叫ぶ。
コージとテレサは逃げるようにステージ裏へ走っていった。ウクライナーーー!!ウクライナーーーー!!!」小家主が怒り叫ぶ。大乱闘は客をも巻き込み、収拾がつかないまま北国の春のピアノの音色と共にセットごと奥へフェードアウトしていく・・・・



場面はそこからストリッパーたちの楽屋。
上手側から流れてきたセットの中にいるのは、シャオとマリアン姐さんだ。楽屋の中にも外の大乱闘の声が届いている。シャオが様子を見に行こうと扉に手をかけた瞬間、先に外から勢いよく扉が開く。(シャオ、デジャブ)


息を切らしたアイリーン、橋本さん。続いてテレサ、コージ、オキナワが入ってきた。「なんの騒ぎ?!」マリアン姐さんが驚いて問う。

「ゴメンナサイ!ちょっとこの人たち、中にいてもらっていいですか!」テレサが訴えかける。


「………ハンッ」何かを察したマリアン姐さんは吐き捨て、そっぽを向いてしまった。「ねぇちょっと様子見に行こうよ!」とアイリーン、橋本さん、シャオは楽屋の外へ出て行った。楽屋には逃げてきた3人とマリアン姐さんだけが残る。


「外にいるよりは、安全だから。あ…あは…座ってください」羽織るものを着ながら気恥ずかしそうに奥へ促すテレサ

「ハンッ」オキナワはちっちゃくマリアン姐さんの真似をしながらコージの顔を見て吐き捨て、畳の上に座る。やはり怒っている様子。(元はと言えば、オキナワがストリップ劇場にウブなコージを連れてきたのが悪い気が…男同士の付き合いがどこまでイケるのか探ってみたのだろうか…)

テレサは座布団を1枚持ち出すと、階段の上に丁寧に敷いた。「ココ!座ってください…」立ったままのコージに呼び掛けると、オキナワもつられて立ち上がる。
「あは…」照れ笑いながら従うコージ。オキナワはチラチラと畳を見てアピールしているが、誰も座布団を持ってきてくれないので仕方なく黙って座った。度々不憫なオキナワ…。というかテレサにはコージしか見えていない。


「…あっお茶、お茶飲みますか?」
「あっいや…お構いなく…」
初々しい中学生のカップルか?
コージに温かいお茶を入れてくれるテレサ。オキナワにはない。対応が分かりやす過ぎる。


バンッ 突然乱暴に楽屋のドアが開いた。
「あの変態野球帽が!!!」見るとそこには大怪我をしているエドゥアルダ。頭からは血が出ている。「お疲れ様ーー」マリアン姐さんが化粧をしながら労い、テレサは急いで救急箱を取り出し慣れた手つきで手当てを始めた。


「おっオキナワァ!!あの人怪我してるべ?!」
「あー…でも救急車呼ぶっつっても出来ねぇからな…」
「なして?!」
不法滞在者だからな。捕まっちゃうんだよ」


「いーの!いーの!よくあることだから。客も分かってんだよ。アタシたちがVISA切れてて、警察にも相談できないってこと」
まるで平気なような顔で、マリアン姐さんが口を挟む。


「だども……分かんねぇよ…」
「だからーー違法なの!本当はここにいたらいけないってこと!」
「なら…おらたちと一緒だな」
「バァカ!俺らは合法だよ」

「どこにいても…いちゃいけない場所な気がしてるべ…」
コージの声が沈む。

「……言ってることが分かんねぇよ」
「分かります」
途中から静かに会話を聞いていたテレサが真剣な声で言った。


エドゥアルダの救急措置を終え、フッと微笑みながらコージの隣に並ぶ。
代わりにマリアン姐さんがエドゥアルダに近寄った。(ここのブラジルコンビ、アドリブで唾つけときゃ治るよ!うっわ汚ねぇぇ!等小さい声でじゃれ合ってる)


「えーーと……♫あのふ〜るさとが〜かえるっかな〜〜か〜える〜〜〜〜、かな〜
コブシを効かせたコミカルな声(でも美声)で北国の春を軽く歌ってみせる。

「へ…っ知ってたの??」

「ううん〜さっき初めて聴いた」

「じょんずだよ〜!ちょっと、違うけど…」
ちょっと、と指でジェスチャーしながら教える。

「どこが?」

「ふるさとが、じゃなくて、ふるさとへ、が正解」
納得したテレサ

「ふるさと、ってどういう意味?」

「あぁ〜〜…ふるさとかぁ…なんて訳したら…ううーーん……分かんねぇなぁ〜〜」

「あはは、いいよぉ」
テレサは再びコブシを効かせて歌ってみせる。


「ヤメテ!!!!!」
ところが、やり取りを黙って聞いていたエドゥアルダが遮った。


「その歌ヤメテ!!!!」和んでいた空気がピンと張りつめる。
「ゴメンナサイ…ちょっとうるさかったですか…?」

「ふるさとはねぇ…!帰りたくても帰れない場所、って意味なんだよ。アンタでいうウクライナ
エドゥアルダの背中を擦りながらマリアン姐さんが答えた。

「え…いや、この歌は…」
コージは弁解しようとする。



「アンタもさぁ!!中途半端に優しくしないでもらえるかな?!こっちはそんな心、とっくに捨てて戦ってんだよ!!!」

マリアン姐さんに面と向かって言われ、俯いて口籠ってしまう。

そのまま照明が少し落ち、テレサ・マリアン姐さん・エドゥアルダを乗せた楽屋は上手の方に流れていく。立ったまま静かにコージを見つめ流れていくテレサの表情が切ない。ストリップ劇場から外に出たコージとオキナワ。コージは先程の言葉が大分響いたのか、下を向いて落ち込んでいる。


「お前があそこで歌えてたら、ちゃんと伝わったよ…」
オキナワは悔しそうに言うと、押し黙るコージを置いて先を歩いていった。





場面は変わり、下手側からスナックのセットが流れてくる。
中にはスナックのママ・男性客が2人。(その後も幾度も登場するお馴染のメンツ)
まだ照明は暗いが、酒が乱雑に置かれたテーブルに突っ伏しているコージが見える。

照明が明るくなり、顔を起こすとヘラヘラご機嫌そうに酔っぱらっている様子。ストリップ劇場を出た後、2人で向かったことが見てとれる。ヤケ酒だろう。ジャーーッとトイレの水を流す音の後、上着が脱げかけた状態のオキナワが下手側からやって来た。2人共見事にベロベロに出来上がっている。


「しょもしょも(そもそも)、しょもしょもねぇーーーーなんで歌えないのにすぐ、歌おうとするのぉ?おまいは、なにがしたいのぉ?」
千鳥足でコージを指差す。

「だからァ〜、おらァ〜歌〜手になりたいんだべ〜〜」

「なれないよーーーん。そのままじゃよーーーーん」志村けん風)


カウンターにいる男性客の1人は「ズルイ奴ばっかり儲かる時代で儲かんない俺は正直に商売やってる証拠なんだよぉぉ!」と嘆いている。


「こんちー!景気悪いねー」そこに階段を下りて入店してきた1人の男・ギターを肩から下げた流しの大野だ。「大野さん!」ママや客が歓迎する。すぐに新たな男性客も小走りで入店してきた。「大野さんが入ってくの見えたから」「おっ嬉しいこと言ってくれるね~」どうやら大野は人気者らしい。「歌なんて聴きたかねぇやい!」先程嘆いていた1人の客は酔っぱらって言っていたが、大野は他の客のリクエストに応えギターを構えた。

♬『いっぽんどっこの唄(水前寺清子)』

「…何はなくても根性だけは俺の自慢のひとつだぜ…春が来りゃ夢の木に花が咲く 男なら行くぜこの道 どこまでもー…」

最初は我関せずでオキナワと乾杯しながらチマチマ酒を飲んでいたコージだったが、大野の歌が耳に届き、自然と手が止まる。自分の後ろで歌っていた大野に向き直り、真剣に聴き始めた。嘆いていた客も胸に響いた様子で泣いている。

やがて、空気に溶け込むように歌が終わった。


「まただぁぁぁ!!!」口元に手を当てながら興奮気味に立ち上がるコージ。「なして、おらが歌ってほしい歌が分かるんですか…!」今度は大野の目の前まで出て行く。


「おら…弟子に!弟子になりますぅーーーー」
ふにゃふにゃと土下座した。

「弟子にしてください、は言われたことあるけど…弟子になります、ってのは初めて言われたなぁ……」

「あ~悪ィ悪ィ!こいつ酔っぱらってるんだよ」
同じく酔っぱらってるオキナワになだめられる。


「弟子になります~ししょ~~~」
「悪いけど、弟子とってないから」
「大野さん!弟子にしてやんなよ~跡取りだよ。このままじゃカラオケに食われちまうよ~?」
カラオケが参入しブームが巻き起こっている時代、客の1人が流しの大野に投げかけた。
「ったく…冗談じゃねぇってんだ…」

「そ~ですよ~ししょ~」
緩んだ顔で大野の体をツンツンと指で突っつく。


「師匠ではない!」
「ししょーです!」
ムッとした顔になり地面をダンッと踏む。


「師匠ではない!!」
「ししょーです!!」
「ではない!ではない!ではない!」
「ししょーです!ししょーです!ししょーです!」
「ではない!ではない!ではなーーい!!」
「ししょーだって言ってるべーー!!!!!」

べーー!!!!!の部分でなんと大野の頬をグーで殴ってしまった。大野は地べたに転げ、頬を触りながら唖然としている。
「な、なにすんだよぉ…?!」
やらかした!ハッとした顔になり、仕出かしたことを自覚して酔いが冷めるコージ。


「わ、わ、わ、おら…っすいませんっえぇっと、おら、違くて、おら青森から出てきてっ……歌手に……っ…ん?じゃなくて、ばっ…ばっちゃんを……あれ……?」
大野に限界まで顔を近づけて必死に弁解しようとするが、あたふたし過ぎて関係ないことまで口走ってしまう。

「な、なんなんだよお前……??!」
端から見ても相当おかしな男だ。大野はちょっと怖がっている。(引いてる?)

「コージ、落ち着けよ?」
見かねたオキナワがコージに近づく。
「ゥアーーーーアーーーーーー」
「うおおおおおおおおお?!(どしたどした)」
「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
叫びながら立ち上がり、店の奥の方へ走り去ってしまうコージ。

心底驚く一同に、“まぁ落ち着きましょう"というように両方の手のひらを開いてステイポーズをとるオキナワ。すると奥の方からァァァアーーーーーーーーーー」と叫びながら走って戻ってきた。



「風の音が 胸をゆする 泣けとばかりに……」

不意に爆発したように歌い出したのは津軽海峡冬景色(石川さゆり)』だ。


「ああぁぁぁぁ………………」消え入りそうな声でしゃがむと、地べたに座ったままの大野の胸ぐらをすがるように掴む。ここの不安定なビブラートを効かせたファルセットが切なく、美しい。

津軽海峡冬景ーーー色………………」


空気を変える歌を歌い切り、両手で大野の胸ぐらを掴んだまま黙って頭を垂れる。あっけにとられ静まり返る店内。
「コージ…お前…」目を丸くして近づくオキナワ。

「なにがあってももういいの」
息を吹き返したように今度は天城越え(石川さゆり)』を歌おうとする。ビクッとなったオキナワだったが、すかさず無理矢理腕を引っ張り、コージを大野から剥がして言った。


「なんで歌えるんだよ?!」
「別に怒ることじゃないでしょう!」と客。
「なぁ…教えてくれよ…お前が歌えるときと、歌えないときの違いをよォ…」
「んなこと…分かんねぇよおらにも…」



「言いたいことが上手く言葉に出来なくて…やっと喉から出てきてみたら、歌になっちゃったんじゃないか…?」


大野が解明するように話を始めた。


「あ…あ…そ、それです…」
片手を口に当て、泣きそうになるコージ。ずっと分からなかったこと。悩んでいたことだ。


「生き辛いだろう?そんなんじゃ……」

親身な大野の語りかけに、思わず顔を覆ってしまう。



「給料はないぞ」
既に立ち上がっている大野。背を向けたままコージに話す。

「…へ?」
「言っとくが、質問されるのは嫌いだ。余計なことは聞くな」
「は、はい!」
「おっと~?」
雲行きが変わったのを察し、顔つきを変えるオキナワ。
「あと…悪いが、俺の言うことは絶対だ」
「は…」
「はい~!承知しましたァ~!」
「お、お前も?」
「俺ら、コンビでやってますから。師匠ォォ…………」


さすが調子のいいオキナワだ。


「よし、ついてこい。俺のショバ、案内してやる」
ポーカーフェイスだった大野が、少しにこやかに言った。そのまま店を出る階段を上っていく。
「師匠!」
弟子になれたことを実感したいのか、再び大野に呼び掛けるコージ。振り返った大野は、ニッと笑い、“来い"とジェスチャーする。コージとオキナワは顔を見合わせ、嬉しそうに笑い合った。ママも客たちも一緒になって喜んでいる。大野の後を追い、階段を駆け上がっていく2人。

「ごめん!ツケておいて!」「奢ってやるよー!」「ありがとー!」
そんな会話をし、ここから場面は大野の“ショバ”、居酒屋へと移る。




下手側に置かれたスナックのセットがそのまま下手に流れていった。
大野・コージ・オキナワは早速流しの仕事をするため、出入口の前で1つのテーブルにターゲットをしぼり、客層や雰囲気を観察しながら“何を歌うのがいいのか"見定めている。ターゲットはオジサン上司と若い男女部下2人の計3人。

●オジサン上司は気弱そうで、後輩たちに気を遣いながら会話が途切れないように頑張って話している。
●男の部下は自己中で完全に上司をナメている感じ。
●女の部下は真面目そうだが、緊張してるのかつまらないのか手を膝に置いて俯いている。


上司男「ここは風呂吹き大根が絶妙なんだよ~…」
部下男「へぇー。俺唐揚げ頼んでいいすか?」
上司男「あぁ…うん…」
部下男「すいませーん!唐揚げにマヨネーズつけてくださーい!」(この台詞は狙ってますか福原さん)
上司男「君も遠慮せず食べなね…」
部下女「あっ私ダイエットしゆうき」
部下男「え?なに“しゆうき"って」
部下女「ダイエット…してますから!」
部下男「あ~訛り?」


「コージ、お前なら何歌う?」大野が問う。
「部下の人がつまんなそうで、上司の人が形無しだなァ」(結構言うこと言うコージ)
「ここは若者でも取っつきやすく、歌謡曲ってとこか?!」
「フ…甘いな」
オキナワの提案を鼻で笑うと、大野は『おふくろさん(森進一)』を弾き語り始めた。



~ここからの演出がおもしろい!~

居酒屋のセットは階段の上の高いところにあるのですが、ここから階段の下は「未来」として扱われるのです!(日付が数日進んでる)
どういうことかと言うと・・・
この流しの場面、階段の下は工事現場になっていて、横丁民(いるのは2人だけ)が土方仕事に勤しんでいます。コージは大野の『おふくろさん(森進一)』歌唱途中に階段を下り、流しでの出来事を「過去」の話として、横丁民に話します。つまりこれから、階段の上の流しの出来事は「現在」ではなく、コージの「回想シーン」と化すわけです!!階段の下の出来事が「現在」ですね。

ここからの軸はコージが回想をするシーンとなりますが、階段の上と下、時間は同時進行していきます。双方演技を中断することはなく、声量と照明の調節でどちらが主軸か観客が判断できるわけなんです!(説明が難しい…)



―――――――――――――――――――――


~階段の下(工事現場)~
「おふくろさんを歌ったのかぁ?」横丁民に驚かれ、コージが階段を下りながら答える。
「師匠が言うには、部下の女の子がまだ卸し立てのスーツを着て訛ってたんです。きっとこの春上京したばかりでねぇかって…」
「で、どうなったんだよ?」
そう訊かれると、秘密をバラす子どものようにニヒヒヒと笑いながら話し出すコージ。
「『私の気持ち分かってくれるのは部長さんしかいません』って……………夜の街に消えて行きましたぁ……」←嬉しそう
「……おっ…ほほほほ~~~~」←嬉しそう


~階段の上(居酒屋)~
見つめ合いながら同時に立ち上がる上司と部下の女。部下の男は運ばれてきたマヨネーズ付き唐揚げを食べながら驚いている。2人にピンクの照明が当たり、手を取り合いながらテーブルを離れた。部下の男を置いて、寄り添いながら夜の街へ去って行きましたとさ…(めでたし?)

さて、テーブルが変わって・・・
次のターゲットはテニスサークルの大学生集団。「それあたしの青リンゴサワー!」「イッキいきまーす!」「イッキ!イッキ!イッキ!」などと典型的な感じでギャーギャー騒いでいる。そんな中大野は静かにギターを構えた。「誰も聴いてねぇって!やめとけよ~」オキナワは止めたが、大野は歌い出すのであった。

♬『紅い花(ちあきなおみ)』


~階段の下(工事現場)~
コージも一緒に土方仕事をしている。すると上手側の方から、買い物袋を手に持ったテレサと橋本さんが偶然通りかかった。目が合うコージとテレサ。お互い驚きながらも、自然と近づき会話を始める。
「外、出歩いて怒られないの?」
「昼間、日本人と一緒なら大丈夫」

橋本さんは少し離れたところから誰も来ないか見張りつつ、コージとテレサを見守っている。野次馬の横丁民もニヤニヤ様子を窺おうとするが、コージはあっち行ってて!というようにジェスチャーだけで追い払った。

やがてテニスサークルでの流しのときの話になる。
「え…!わざと小さい声で歌ったの?」
「うん。小さい声で歌うと、客も聴こうとするんだって。…分かる?(優しい訊き方)」
「う~ん…えへへ」
「あは、分かんないかァ」

2人は平和にフワフワと話していたが、あまり長居は出来ないからか、途中で「テレサちゃん行くよ!」と橋本さんに中断されてしまう。コージもテレサも名残惜しそうだ。テレサが見えなくなりしょんぼりしていると、橋本さんの手を振り払ったのか、コージの元へ小走りで戻ってきた。


「また偶然、会いたいです…ここで」
「うん…うん!」

それだけ会話を交わすと、再び橋本さんに連れ戻され、今度こそ本当に行ってしまった。


~階段の上(居酒屋)~
最初はワイワイ騒いで聴く耳を持たない大学生たちだったが、やがて大野の歌に気づくと静かになり、耳をすませて聴き入り出した。歌が終わると、拍手が巻き起こる。帰り際におひねりをもらい、「おーありがとうありがとう!」と受け取るオキナワ。

次の現場へ・・・(日付は変わる)
「くっせー!」入店した途端、顔を歪めるオキナワ。「今流行りのペット居酒屋だよ」大野が胸を張って答える。ターゲットにしたテーブルには客が3人。それぞれ猫・オウム・ワニを思い思いに愛でまくっている。

ワニを抱く女は、ワニが思いっ切り腕に噛みついていた。 「噛まれてるけど?!」オキナワが驚くと、「そりゃ噛みますよっワニなんですからっ」と逆ギレ。それぞれペット愛が尋常じゃないようだ。「そこの流しの方、1曲歌ってくださらない?」ワニ女が大野にリクエストした。

♬『命くれない(瀬川瑛子)』


~階段の下(工事現場)~
コージたちが仕事をしていると、再び買い物帰りのテレサと橋本さんが通りかかる。今度は“偶然"ではなさそうだ。前回パンツスタイルだったテレサだったが、今日は女性らしいスカートを履いている。モジモジしてるテレサの背中を橋本さんが押して、2人が対面した。コージはテレサの服を差し、何やら褒めている。初々しくてかわいい。そんな中橋本さんは、野次馬の横丁民のことも追い払う。面倒見がいいなぁ。(お節介でもあり、橋本さんの良いところ)

命くれない?」
「そう。“死ぬまで一緒"っていう恋の歌だべ」
「あは、ペットとずっと一緒、って意味ね~」
テレサが嬉しそうに笑う。
「師匠の歌は、客の心にすんなり入り込むんだ…」
天を仰ぐように空を見上げながら、誇らしそうに言ってみせるコージ。
ここのコージの命くれないの説明を、是非覚えておいていただきたい。後の場面で効いてくるので。


「帰るよ」橋本さんに手を引かれるテレサ。今度は直前でコージが引き止める。

「あ!次は…偶然は、やだな…」
「あは…私も、同じこと言おうと思ってた…」
「じゃ、また、ここで…」

初めて約束をし、別れる2人。


~階段の上(ペット居酒屋)~
客は皆涙している。大満足されることができ、店を後にする流したち。ここでコージの回想シーンは終わる・・・・



正真正銘“偶然"ではなく、初めて“待ち合わせ"して再会したコージとテレサ。隣り合って会話をしている。橋本さんはチュッパチャップスのようなキャンディーを舐めながら、少し離れたところで2人を傍観している。(何故か怠そうなギャルみたいな立ち方)


「コージは?歌わないの?」
「うーーん…おらの歌は喉まで出かかるけど…そこから滅多に出てきてくれねぇんだ」
「コージの歌は…シャイ、だね」
「えへへへ…おらにも分かんねぇ」
「んふふふ、いいよぉ〜・・・♪あのふ~るさとへ帰ろかな~か~えろ~かな~…
テレサは不意に北国の春を歌い出した。

「へっ…それ歌ってて、怒られない?」
ストリップ小屋の楽屋での一件があったため、心配そうに問うコージ。
「でも、あれからみんな歌ってるよ」
「そっか……そうなんだぁ…」
しみじみと天を仰ぎ、心底嬉しそうに呟く。


「コージのふるさとはどんなところ?」
歌に絡めて、テレサが訊く。
「うーん…あっ!雪がいっぱい降るよ」
日本語が得意ではないテレサに伝わりやすいようにか、ジェスチャーを交えて話すコージ。
「んふっ」
「なんね?」
「同じだよ。ウクライナも雪いっぱい!」
「あは、すっごく寒いよ」
「同じだよ~」

「ふへっ…でもすごく、良いところ………だったよ……………」

「……………同じ、だよ………」


ふるさとを愛している2人だから通じ合えるのだろう。ここのコージの話し方、表情の変化が絶妙なのだ。空気が一気に締まった。

ガタンゴトン…遠くで電車の音が響く。体を近づけ、静かに見つめ合う。




「うちの実家の山梨も雪降るよーー!寒いよーー!同じだねぇぇぇぇぇぇ!」

なんとこのタイミングでいいムードを華麗にシャットアウトする橋本さん(!)
しかも物凄くよく通る声で・・・


「あ、あと信玄餅が美味しいよ!いつも人肌に温めて持ち歩いてるから…」胸元から取り出した信玄餅をコージに渡す。
「橋本サン!…帰ろう」
「ハイ」
空気を読まない橋本さんを連れて、その場を後にするテレサ信玄餅を両手で持ったままポツンと立ち尽くすコージだったが、テレサだけまた小走りで戻ってきた。コージの目を見て両手をしっかりと握る。
「タ・ベ・ナ・イ・デ…」(口パク)
それだけ言い残し、橋本さんを連れて帰っていった。
「ど、どおすれば……」
1人取り残されたコージ。だんだんと照明が落ちていく。どうするコージ……!


「フンッ」

暗転直前、橋本さんからもらった信玄餅を上手側にぶん投げた!!それもかなりの飛距離!そうきたか!コージのまさかの暴挙と綺麗に吹っ飛ぶ信玄餅がおもしろすぎて、毎回沸く観客。
(ちなみに信玄餅をポイするコージ、無関心そうにノールックで円弧を描くバック投げ・悩んだ挙げ句思いっ切り振りかぶって暴投。等、公演ごとに変わるお楽しみの1つでした。)




明転すると、場面はスナックに・・・
大野が流しの仕事をしており、弟子2人も後ろに付いている。客はお馴染みの男性2人とスーツを着た女性1人。そしてちょうど歌い終わったタイミングで、いつも遅れてやってくる客が入ってきた。
「あ~終わっちゃった?」
「タダ聴きしようとすんなよー」
別の客に言われる。
「じゃあ大野さん!俺にも1曲頼むよ」
「あぁー悪いね、こっから弟子が繋ぐから」
大野は、トイレのため一旦その場を後にする。
「おおう…じゃ、じゃあ頼むよ!」

ここでなんと、北野とマネージャーの大橋が入店してきた。お忍びなのか、周りは誰も気づいていない。スーツの女性が座っていたところに同席する。女性は付き人の内の1人だったのだ。(演じていたのは藤田宏樹さん!俺節が初舞台だそうですが、れっきとした男性です!可愛くて全然気が付かなかった〜)


北野一行がいるなど露知らず、コージは初めて師匠から仕事を任されたようで、分かりやすくあたふたしている。オキナワは見かねて声を掛けた。

「おいコージ。落ち着けよ?俺らはただの場繋ぎだ」
「い、今あの人が何聴きたいか予想してるところだべ…」
物陰に隠れ客を観察する。

「じゃあお弟子さん!小林旭で頼むよ!」
「分かった!!!!」
突然大きな声を上げて手を挙げるコージ。

「あの人は多分、小林旭が聴きたいと思ってるべ…」
至って真面目に言う。

「……よぅーし。お前の勘を、信じよう~^^」

オキナワはすっかりコージの扱いが上手くなっているようだ。


『北へ』でいいか?じゃあキー確認するぞ!」
「ハーーーーーーーーーーーーーー」(声裏返る)
「高いよ!聖歌隊にでもなるつもりかよ!もっと低く、低く」
「ハァァァァァァァァァァァァァァ」(超低音)
「低いよ~しゃくるなしゃくるな~あのなぁ、小さい声だって聴いてもらえるんだから、まずは人前で歌うことに慣れろ」
コージの天然ボケを丁寧にツッコむオキナワ、というよくある構図。ここのギター漫談の可愛さに毎回癒されてました。(たまにアドリブも混ぜてくれる)

~千秋楽ver.~
「ハァァァァァァァァァァァァァァ」(超低音)
「なにそれ初めて聴いたその声ぇ~」
はあかわいい…


そんなこんなで…
♬『北へ(小林旭)』

オキナワのギターに合わせ、歌い出したコージ。今度はつっかえない。自分でも驚いたようで、オキナワとアイコンタクトをとる。生き生きとスムーズに歌が出てきて、客もご機嫌に音に乗っている。途中で感動して泣き出したほどだ。大野はトイレから戻ってきたが、北野の存在に気づくや否や、何故か何も言わず再び店の奥へ戻ってしまった。
コージはというと、いつもの爆発的な破壊力のある歌ではないが、伸びやかな歌声で客を大いに満足させることもできた。何より、初めて途中で止まらずに歌い切れたのだから万々歳だ。歌唱後オキナワと2人で喜んでいる。


すると1曲黙って聴いていた北野一行が立ち上がる。
「この店の流しってアレ?」
大橋がコージを指差しながらママに訊く。
「あぁいえ…いつもは…」
「帰るわ。店間違えちゃったみたい」
「え…あ、ありがとうございました」
店を出るため階段に足を掛ける。


そこでやっとオキナワが気づいた。
「あれ?!お前、大橋か?」
「呼び捨てにすんなよぅ!」
「ってことは…そこにいるのは北野波平だな?!」
「だから呼び捨てにすんなって!」
大橋の注意も聞かず、オキナワは大橋の前に立つ北野の背中を指差した。コージは驚いて壁にもたれ掛かる。

「どうも、北野波平です」
階段を上る途中でゆっくりと正面を振り返った。すっげぇ本物だ!と沸き立つ店内。
青函トンネルの北の入り口、北海道上磯郡知内町の出身でございます、歌に真心を込めることだけをモットーに~…」
「先生!あれはファンの人じゃありませんよ!アイツ、オキナワです。こないだクビにした…」
お決まりの口上を大橋に中断される。

「…お、おおー!なんだオキナワかぁ」

「なんだよォ、俺たちの顔も忘れたのかよ…ところで、なんでこんなとこにいるんだ?」

「この辺りに耳馴染みのいい流しがいるって聞いたから来てみたらよぅ、のど自慢の若造しかいないから帰るところだよ~」
代わりに大橋が嫌みっぽく答えた。せっかく詰まらずに歌えたのに、厳しい評価だ。

「なんだと?!」
コージを馬鹿にされ、喧嘩腰になるオキナワ。

「大橋~お前は本当に口が悪いなー。すまんな。コイツは口が悪いし臭いしで困ってたんだよ」
どさくさに紛れて大橋への苦情を告白し、改めてこの場を去ろうとする北野一行。



「き、北野先生は…!どう思ったんだべか!!」

コージがやっと声を出し前へ出た。


「おい!コージ!」
「おらの歌、のど自慢だと思ったんだべか!!」


数秒の空白の後、北野がコージの方を向き直る。
「君は今、誰のために歌ったのかな?」

「そっそれはもちろん、あのお客さんのために…」

「ではお客さんのために歌ったとき、君はどこにいたんだね?」

「…?」
困ってオキナワの顔を見るコージ。

「質問の意味が分かんねぇよ……」

「ならば質問を変えよう。君はそのとき、具体的にどう歌ったんだい?」

「…心を込めて」
強い眼差しで、片手を胸に当てる。

「心を込める、よく聞く言葉だねぇ。“名もない港に桃の花は咲けど、旅の町にはやすらぎはないさ"と君は歌った。歌の情景が目に浮かんだよ~。確かに、表現力はあるようだね。だがその情景、歌の景色の中に、君の姿が見えなかった……何故だと思うね?」

「…??」
コージは困惑して黙り込んでしまった。


君の歌の中には君がいない!以上だ」
しびれを切らせそれだけ言い残すと、再び階段を上って店を出ようとする北野一行。コージもオキナワも何も言えずにいると、階段を上りきったところで急に振り返った。


「君の歌はまるで!差出人の書かれていない手紙のようだったよ……!」
「まだ続きますね…っ」
大橋は北野の気まぐれに慣れっこらしい。北野は突然スイッチが入ったように早口で話し出して止まらない。せっかく上った階段を下っていく。


「誰から送られてきたか分からないようなそんな手紙、俺なら気持ち悪くて開けたかないねぇ…君の歌の差出人はもちろん、君であるべきだ。だったら封筒にはちゃんと、君の名前を書くべきだろう。だが君の歌には、君の姿が見えなかった。君の歌の情景の中心には、まず君自身が立つべきじゃないのか。

客のために歌う?何様のつもりだ!

歌の中で嵐が吹き荒れるなら、ずぶ濡れになるべきは君だ。歌で大地が引き裂かれたら、奈落の底に落ちるべきは君だ。歌で誰かが死ぬのなら、客を殺すな!君が死ね!


「で、でもよ……そんな、“自分自分"で歌ってたら…客の気持ちはどうなるんだよ?」
オキナワがやっとの思いで言葉を発する。コージはずっと俯くことしかできない。


「他人(ひと)のために歌いすぎなんだよ。流しの悪い癖だ。自分のない歌など他人のためになるものか。客は歌い手の中に自分を見るんだよ。歌い手の背景に自分を感じるんだ。だが客は、そんな歌い手の屍を見て、自分のことのように涙を流すだろう……歌は自分自身でなければならない!今歌ってる歌が否定されたら君の全てを否定される、そんな歌を歌いたまえーーーー!!!!…………あぁちょっと喋りすぎたな」



その場にいた全員が、北野の言葉に圧倒された。

「先生…帰りましょう」
「いや、場を白けさせたお詫びに1曲歌わせてもらおう…。♪ち~らし~寿司~…」歌い出したのは永谷園CM 『すし太郎(北島三郎)』(選曲…!)

「先生!逆に変な空気になっちゃいますけど!」
「おお、そうか?んじゃ、帰ろう」

言いたいことを言い終え、再び階段を上っていく北野一行。中段までいったところで、振り返る。
「北野、波平でした」
律儀に一礼をし、店から去っていった。


「俺本物初めて見たぞ!」
北野一行が見えなくなると、興奮して大いにざわつく店内。店の奥からやっと大野も戻ってきた。

「流しの悪い癖とは…言いやがるねぇ…」



結局一言も言い返せなかったコージ。ひどく落ち込み、1人店を出ようとする。
「コージ!」
オキナワが呼び止めた。
「俺は…お前が自分のために歌ってるとこ…ちゃんと見たことあるからな…」
コージは振り返らない。悔しそうに歩き出した・・・・





そのまま暗転し、とある男性アイドルグループの楽曲が流れる。(2幕で登場するプラネット・ギャラクティカのデビュー曲)明転すると、そこはストリップ小屋の楽屋。さっきの曲は、楽屋のラジオから流れていたらしい。ストリッパーたちが何やら盛り上がっている。

「最近なんだかテレサが明るいねー!」
マリアン姐さんが言うと、ストリッパーたちは口々に説明を始める。

テレサ、買い物のたびにこないだの男と会ってるんだよね~!」
「青森の男なんだって!」
「演歌歌手を目指してるんでしょ?!」
キャーキャー騒ぐストリッパーたちの中、橋本さんが慌てている。

「ちょっとぉ!みんなに話しちゃってるじゃないですかーー?!」

テレサは顔を真っ赤にさせる。どうやらコージとのことは口止めしてたはずが、橋本さんが全部ペラペラと話していたらしい。ただ、マリアン姐さんだけはだんまりを決め込んでいる。テレサたちは、不安げにマリアン姐さんの顔色を伺った。


「隠さなくていいよ、テレサ。アタシは別に『男と会うな』とは言ってないよ」
予想に反する肯定的な意見に、ワァッと盛り上がる楽屋。


「『惚れるな』って言ったんだよ!」
すぐに水を差され、一瞬で静かになる。

「で、でも…テレサが好きならね…」
アイリーンが庇おうとすると、マリアン姐さんだけが悪者にならないようにだろうか、エドゥアルダがそれを止めた。努めて明るく切り出す。
「まぁ…巡業もあるしねぇ?ワタシたち、ずっとここにいるわけじゃないんだよ。次は熱海の劇場、その次は名古屋、その次は~って……どうするの?そのたびに追っかけさせるの?」

「いいわよねぇー?遠距離恋愛すればねぇ?」
背後からテレサの両肩に手を乗せ、代わりに橋本さんが答えると、マリアン姐さんが強い口調で遮った。

惚れた女が全国回って体売ってんの許すような男なんて、ロクな男じゃないよ!!!…かといって今の仕事を辞めたら、アンタの家族は食っていけない。どのみち、無理な2人なんだよ」


「マリアン姐さんは!!……恋をしませんか?」
また1人「ふんっふんっ」と両足を上げたり体を反ったりしているところに、テレサは真剣に問う。

「しないね!したことないね!」
こちらの顔も見ずに吐き捨てる。俯くテレサに、エドゥアルダは笑いながら言った。
「ううん。姐さんもねぇ、いっぱいしたんだよぉ、恋。いっっぱい失敗したからこそ、今こうやって言ってくれてるんだよ」


「なら…っ私も失敗したいです……失敗してから、考えます。家族のことも、お金のことも…ずっと失敗できずに生きてきました…私は、失敗がしたい
テレサの意思は固い。マリアン姐さんに反抗するテレサを初めて見た。


余談ですが…
初日開幕前の囲み取材にて、日本語舞台初挑戦であるテレサ役のシャーロットさんが「もちろん大変ですが(安田さんに)『一緒に失敗しよう』と言っていただいたので安心してチャレンジできます」と語っていたのを思い出さずにいられない。粋なこと言うなぁ安田くん…


ーーーーーーーーーーー



「話をしても無駄だね!勝手にしな!」
マリアン姐さんは簡単には甘い言葉を掛けない。
「さぁさぁ!荷物まとめて!熱海には温泉も、海もあるよぅ!」
重たくなっていた楽屋の空気を切り替える。もうストリッパーたちが熱海へ移るまでのタイムリミットはすぐそこまで迫っているようだ。
楽屋のセットがそのまま上手側に流れていくと、橋本さんだけコートを羽織りながら降り、舞台上に残る。




場面は変わって、ここはみれん横丁。
コートを羽織った橋本さんが初めてみれん横丁に足を踏み入れる。もうすぐ巡業で東京を出てしまうということを、コージに伝えるためだ。

「おい姉ちゃん、どうしたこんなところまで?」
「あ、あの」
「ああいいよ、言わなくて。……恨んでる奴がいるんだろ?この男(おっちゃん)が1人5万でブスッと殺ってくれるよ」
「毎度あり〜!」
新参者の登場に、早速横丁民が茶々を入れる。

「違います!人を探していて…こちらに海鹿耕治さんはいらっしゃいますか?」
「コージか?コージは友達だからよォ…7万はもらわねぇと殺せねぇなー」(おっちゃん…!)
「いやだから別に殺してほしいわけじゃなくて!」


拉致がつかずにいると、上手側の方から何やら揉めているコージとエドゥアルダがやって来た。
エドゥアルダさん!」
橋本さんが驚いて声を掛ける。
「あれ?!アンタも来たのぉ?」
同じく、エドゥアルダも驚いた顔をする。
するとコージが橋本さん目掛けて走ってきた。両肩に手を乗せ、切羽詰まったように迫る。
「巡業に行くって本当だべか?!」
「だからァ本当だって何度も言ってるでしょう!信じてないの?!」
怒り顔のエドゥアルダ。どうやら、橋本さんもエドゥアルダも、コージに焚き付けに来てくれたようだ。


事を把握したコージ。
「オキナワ!!どうする?!」
真っ先に、上手側の階段に黙って座っているオキナワにバタバタと駆け寄る。
「だから…ただの踊り子じゃないんだって。ヤクザの“商品”なの。俺らがどうこうできる問題じゃねぇんだよ」
「そんなの…やってみなきゃ分かんねぇべ…!」

必死に説得するコージ。すると、離れたところから見物していたのぞき魔さんが近づきながら声を発した。

「コージよ、もし上手くいったとして…その女、VISA切れてるんだろ?どうせすぐ捕まるぞ?ヤクザのとこにいるから、やってけてんだ…」

「のぞきまサン…」(完全に平仮名言葉)

「おまけにパスポートも取り上げられてるらしいじゃねぇか。コージ、そりゃ詰んでるぞ?

「のぞきまサン…なんでそんなに詳しく…」

「こっそり覗いてたんだろ」
真顔でオキナワに言われると、コツン☆と頭に手を乗せるのぞき魔さん。


「まっ、どっちにしろ上手くいかねぇってことだな」
コージの答えは“テレサを連れ出す"の一択だが、確かに果たして上手くいくのだろうか…不安な顔をする。するとエドゥアルダに肩をがっちり掴まれた。

「上手くいかなくてもいいんだよ。あの子に失敗させてやりたいの。自分でも薄々ダメだって分かってることでも、飛んび込ませてやりてぇの…ねぇ、一緒に失敗してあげてくれないかな…?

切実な語りかけに、決意したコージ。


「オキナワ……(もちろん、協力してくれるべ?)」
「俺は知らねぇからな!」
やはり、コージの説得に耳を貸さない。ふつうに考えたらそらそうだ。コージとテレサの色恋沙汰のために、体を張って(命を懸けて)ヤクザに立ち向かう意味がない。

「だども…っおら1人ではどうにもならんで…」
またへにゃへにゃとオキナワにすがる。コージはオキナワを頼るとき、すぐ二の腕やら太ももやらをペタペタと触る。めちゃくちゃ密着する。顔もキス手前ぐらいまで平気で近づける。今回ばかりはひたすらシカトされ続けたが、コージも負けなかった。


帰ろうとするオキナワの背中越しに叫ぶ。
「オキナワァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」

「ああ〜やっぱり出るのなぁ〜声!テレサのことになると〜?!」
言い返しようのない指摘に俯くコージ。めぐせぇんだよな…。
「あ〜あ〜これもデビューのための試練か…」独り言のようにぼやくオキナワに「なんの話してるべ!!今そのことは関係ないべしゃ!!」とまた1人でプンスカしてるコージ。(ったく…人の機微が読めない奴だねぇ…)


「おっちゃん、悪いがちょっとみんな集めてくれ。作戦会議だ。こりゃあ〜大勝負だぞ〜!!!
声高々に吠えるオキナワの姿は、コージたちの快進撃の始まりのゴングが鳴ったようでこちらも胸が高鳴る。




場面は変わる。時はあれから数日後。
ストリッパーたちが巡業のため東京から熱海に移ることになり、今の小家主から雇い主であるヤクザたちに引き継ぎが行われようとしていた。この日を狙い、みれん横丁のみんなとストリッパーたちは前々から練っていたテレサ救出の作戦を実行しようと試みる。テレサはこのことを何も知らされていない。

またマリアン姐さんも知らされてなかった。恐らく作戦を反対されると危惧したため、なかなか言い出せずに当日まできてしまったか、わざと隠してたんだろう。


小屋主を先頭に、集団登校のように1列でヤクザの元へ向かうストリッパーたち。
「それにしても…世話の焼ける一座だったよ。もう二度と来んじゃねーぞ…」
別れのときが近づくと、小屋主がしみじみ語り出す。

「アンタも最低な小屋主だったねーーー」
列の最後尾にいるマリアン姐さんが堂々と漏らす。
「まともな小屋主なんていんのかよ……って今言ったの誰だ?お前か?!お前か?!」
面目が立たない小屋主をよそに、こっそり「腐れチ○ポ野郎!腐れチ○ポ野郎!」と連呼するお茶目(?)なマリアン姐さん。そうこうしていると、ヤクザ3人と鉢合わせた。
「どうも~引き継ぎお疲れ様です~こちら、全員のパスポートです」
小屋主がパスポートの入ったカバンをヤクザに渡す。


さて、ここからテレサ救出作戦の開幕だ。口火を切るのはエドゥアルダ。わざとらしく髪の毛を手でいじりながらヤクザに近づきにいく。

「最近この辺、痴漢が出るらしいのよ〜(嘘)」
「触らせてやれよ」
「ンン〜痴漢のせいでパットロールしてるお巡りさんも多いんよ?私もVISA切れてるし、シャオなんて偽造パスポートだから、見つかったら終わりだよ?」
「何が言いてぇんだよ」
「だから裏道から行きましょ〜っていうだけの話ィ!
怖い顔で急接近しヤクザのボスに持ちかけ、半ば強引に仕掛けるエドゥアルダ。
「やだぁ〜」「怖〜い」と合いの手を挟み援護射撃するストリッパーたち。

「よぅーし、案内しろ」
「ふぁい」
許しを出され第一関門はクリア
「ごめん勝手なことしちゃった!」マリアン姐さんに手を合わせて謝るエドゥアルダ。「はっ?」マリアン姐さんはまだ状況が掴めていない様子。


「こちらでごじゃいましゅーーー。ハイあんよはじょーず♪鬼サンこちら〜」
と言いながら奥へと誘導するエドゥアルダ。(ちゃんと従うヤクザ)


そのままみれん横丁の入口まで連れてくることに成功。
「あれ、ここ前にも来たことあったよな…」
勘の鋭い子分の言うことも何とか誤魔化すと、高いところから拡声器を持ったオキナワが登場した。

「反対だー!反対だー!何もかも、反対だー!世の中腐ってるぞー!!」とデモ風の演出をする。横丁民たちも、プレートやら看板やらを持ってデモ風の演出に加担して徐々にヤクザの一味を取り囲んでいく。

子分A「デモ行進ですかね?」
子分B「今午前2時だぞ…」

テレサとストリッパーたちを人混みから抜けさせたのを見計らうと、階段を駆け下り、全速力でテレサの元に向かうコージ。救世主のごとく現れ、テレサの手をとった。やったー!とストリッパーたちも歓喜している。


「コージ?!」
テレサ、行こう」
「待って、どこに行くの…?」
「どこでもいいよ」←かっこいい

「あっ待って!パスポート…」
テレサの一言でやっとパスポートの存在を思い出すみんな。肝心なところが抜けている。


「オキナワーー!!パスポート!」
ジェスチャーしながら、デモ演出中のオキナワに訴えた。オキナワは頷く。

「みんなーーーこの横丁の住民でない者が紛れ込んでいるぞーーーそこにいる方たちもきっと我々の意見に賛同してくださるお方だーーーありがたく、カンパを頂戴しよーーーー」などと適当なことを叫び、それに合わせ\ありがとうございまーーーす/と一斉にヤクザたちに飛びつく横丁民。しかしパスポートの入ったカバンを持っている小屋主は、器用に人混みをくぐり抜けてきた。「ンアーー!」そんな小家主を自分のバッグで殴り、強引に奪い取ったのは・・・マリアン姐さんだった。


「相談してくれればもっといい方法あったよ、もう!」
男前にカバンを差し出す。
パスポートも手にして準備は万端なテレサ。改めてコージが手をとった。舞台と客席を繋ぐ小階段を下っていく。
「行こう!」
しかし、テレサはすぐ手を離してしまう。
「やっぱり行けない…」
「なして…!」
「家族、大事だから…まだまだ働かなきゃ…」
「仕事なら他にもあるから!!」
「コージも!…大事だから。私が我慢するのがコージ、1番大事にできるみたいだから…」
「おらのことはいいから!!!テレサはどうしたいんだべ?!!」
黙ったまま引き返し、ヤクザの元に戻ろうとするテレサ


モタモタしてる内に、ヤクザからも脱走を試みたことがバレてしまった。
「ジャパニーズマフィアはしつこいぞ!その男も必ず駄目になる」「自分の意志で戻って来い!そしたら許してやらぁ」ヤクザや小家主が脅迫めいた説得をしている。テレサは1歩1歩ヤクザへと近づく。コージはその場から動けない。もう少しで取り返しがつかなくなってしまう…。


「コージ!!いいのかよ!!!」(オキナワ!もっと言ってやれ!)
「あーーーー!!!!あああああああああああああ」
「そうだ!!!全部吐き出しちまえ!!!!」



「生まれるーーーーー前かーーらーーーーむーーすばれてーーいーーーーーたーーーーーーそんーーなーー気がーーするーーーー紅ーーの糸ーーーーーーー」

客席へ続く小階段の途中で熱唱する。思っていることが上手く言葉にできなくて、やっと喉から出てきてみたら、命くれないだったのだ。コージは以前、命くれないは死ぬまで一緒という恋の歌」だとテレサに教えている。テレサの足が止まった。


やがてコージの全身全霊を懸けた歌が終わると、それを見守っていた全員が、期待を込めた眼差しをテレサに向けた。どうするテレサ・・・!
「どうした、後もう少しだ」
既にヤクザのすぐ傍まで来ていたテレサだったが、もうこれ以上近づかない。目の前で「アディオス!」のようにこめかみから右手を振り下ろすポーズを決めた。そのまま華麗に身を翻すと、コージの元へ走って引き返す。(東京公演の途中からはプリンセスのようなお辞儀【カーテシーというらしい】に変化していました。)


全員が歓喜の声を上げる。互いに強く抱き締め合った。決意の目線を交わし、取り合った手と手。しかし、無情にもあっという間にヤクザたちに剥がされてしまう。それからさらに小家主はテレサに手をあげた。テレサ!!!!」咄嗟に飛びかかるコージ。自分がどれだけ殴られても立ち上がり、テレサを守りに行く。コージだけじゃない。横丁のみんなも、ストリッパーたちも束になり、腕を振り上げ一斉に飛びかかりそうになる。



その瞬間、時が止まった。



そんな止まった時を切り裂くように突然、命くれないのメロディーが流れ出す。
コージとテレサと横丁のみんなとストリッパーたちとが総出になって歌い出した。


「あなた!お前!夫婦道〜!」


舞台を目一杯使い、横1列に広がって歌を浴びせながらじりじりと進む。客席も気が付けば否応無しに巻き込まれている感覚。大勢が1つになる圧巻の歌声に、一度たった鳥肌がなかなか引いてくれなかった。冒頭でヤクザに怯えていた人たちが全員、猛獣のような目つきで歌を歌い、そのド迫力でヤクザたちを追い払う。まさに窮鼠猫を噛むの構図だ。その覇気に圧倒させておずおずと後ずさり、次々と舞台上から落ちていくヤクザたち。


歌の盛り上がりと一緒に照明がパァッーーと拓けるのと連動して、大合唱。
全員で前を見据えながら歌う様がすごく美しい。ハモらないことでよりストレートに思いが伝わってくる。コージとテレサはその中心でしっかりと手を繋いでいる。歌が終わると「コージ!テレサ!今の内早く逃げろ!!」オキナワが叫ぶ。強く頷く2人、手を繋いだまま客席の通路を突っ切って駆け抜ける。続いてオキナワも後を追った。「待てーー!!」ヤクザたちも逃がすまいと走り出すと、マリアン姐さんが大きな声で遮った。



「もういいでしょう!!!!テレサの分も、アタシたちが稼ぐからさぁ!!!!」


「チッ…」ヤクザたちは渋々諦め、おずおずと戻ってきた。エドゥアルダの高笑いが響く。「行くぞ!」テレサ以外のストリッパーたちを連れ、再び歩き出した。マリアン姐さんはしばらく立ち尽くし、コージたちが去っていった道を静かに見つめる。



「二人共…幸せになんなきゃ、嘘だからね…」


それだけ言うと後ろからヤクザのボスに背中を蹴られ、転ぶように前へ進んで行く。ストリッパーたちがはけて行く中、残されたみれん横丁のみんなは精悍に前を見据えた。誇り高き勇者たちの表情を感じながら、第1幕が降りた。



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ここまで80分。
息をするのも忘れるぐらいのめり込み、「堅苦しさ」を危惧していた自分は消滅していました。とんでもない舞台に出会ってしまった……胸の高鳴りをそのままに、2幕へ続く・・・!