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だからいつも笑っていてほしい 花のように

舞台『俺節』2幕〜言葉と匂いと歌と〜

舞台『俺節』の記憶の限りの文字起こし、前記事の続きとなります。littlemy0922.hatenadiary.com


※現時点では原作未読。的外れ発言等ご寛恕してけろ!!

※観劇中のメモは一切とっておらず、全て限られた記憶の中からの文字起こしです。最近までこんなこと書き出すつもりはなく、取りかかりが大変遅かったので、色々捏造してる可能性大。時系列や台詞等、間違いがあったらこっそり教えてくださるとすごく助かります・・・しれっと直します。

※3時間半(内休憩20分)の舞台を文字起こししたので、2幕分だけでもご想像通り長いです。


へば!

―――――――――――――――――――――





20分間の休憩が終わると、和太鼓の軽快な音と盆踊りの音楽と共にゆっくりと幕が上がった。

♫『ドンパン節(秋田民謡)』

やぐらの上で1人和太鼓を叩く人を囲んで、浴衣姿の人々が楽しそうに盆踊りを踊っている。“やぐらダンス”の光景の中心には、コージとオキナワがいた。どうやら夏祭りで歌う仕事を任されたらしいが、この場には大野がいない。師匠なしで舞台に立たせてもらえるようになったということは、あれから流しの経験を幾度も積んできたのだろう。
青い法被を着た2人、コージはばっちゃんの背広の上に羽織っている。相変わらずばっちゃん想いのいい子だ。いつものようにオキナワのギターに合わせて歌っているコージだが、何の心配もなくにこやかに歌えている。「人前で歌うのがめぐさい(恥ずかしい)」コンプレックスは、克服できたらしい。


出番が終わると、その場でお給料をもらうオキナワ。封筒の中の紙幣を数えながら、鼻の下が伸びている。
「あっオキナワ!師匠師匠!」
少し離れたところに立っていた大野を見つけると笑顔になり、小声ですぐさま教えるコージ。
2人は大野に駆け寄った。
「お疲れ〜」
「お疲れ様です」
2人してペコリと一礼。
「ハイ」大野が詳細は言わず片手を差し出すと、オキナワはもらったばかりのお給料の入った封筒を嫌々渡す。大野は遠慮なく8割方紙幣を抜いた。

「えっそんなに!」思わず不満を漏らすと「ここは俺が教えた仕事だろ〜」と悪気なく言われてしまう。おいおいマジかよ勘弁してくれよ…とオキナワの顔に書いてある。それを見て指差して笑う呑気なコージ。

「じゃあ、そろそろ行くから」
一言二言交わすと、大野はあっさり帰っていった。するとずっと不満そうに薄くなった封筒を見つめていたオキナワが、何か思い出したようにハッとする。


「あっそーだ!師匠!師匠ーー!!…あ〜また言えなかった」
「なんね?」
「今度のコンテストだよ。出ることを師匠に言う前にもし優勝なんかしちゃったら、ちょっと気まずいだろ?」
「そういうもんだべか?」
「そーだよ!」
「あせるなよぅっ♪」
真剣なオキナワとは裏腹に、冗談っぽく肘で突っつくコージ。
「お前は……。分かってんだろうな?デビューが決まったら師匠を越えることになるんだからな!」
「??デビューしたからって流しより偉いってことにはならねぇべ?」
「バカ言え!偉いよ!」


少し先を歩き出していたコージに向かって、オキナワが鍵を投げる。おっと、とキャッチしたコージは、鍵をくるくる回しながら「へへへへ♪」ご機嫌に笑顔になった。

着いた先は小さなアパート。


「流しでも、風呂のついたアパートに住める。テレビもエアコンもないけど……素敵な人もいる♡」


上手側のちょうどドアの前まで来たところで、鍵を開けるより先に中から扉が開いた。


「Oh〜〜〜〜!コージィ♡オキナワ、エクスプラーゼ!」
中から出てきたのは首からタオルをかけたテレサだ。生活感が漂っている。
「エクスプラーゼ〜」
オキナワは少し元気なさげに右手を挙げて答えた。なんと、3人で同居しているらしい。


「ただいまぁ♡どっか出掛けるの?」
「あああ〜〜暑くって。風、入れようと思って…」
団扇で煽ぎながら疲れた顔をするテレサ
「オキナワ?お疲れ様なら肩揉むよ?」
「いーよ、テレサも疲れてんだろ?」
「はぁ……」
テレサの顔が深刻そうになった。
「今日も朝から夜までピクルスピクルスピクルスピクルス…………」
パート先でのことをうんざりと繰り返していたテレサだったが、そうだ!と急に顔が明るくなる。ペシペシペシ♪とコージの背中を団扇で叩くと、部屋の中に入っていった。コージは叩かれた背中を気にする。
「…蚊がいる?」
「いねぇよ!」
(ここの「ピクルスピクルス…」からは毎度お楽しみアドリブタイム!テレサに団扇で叩かれた後コージが放つアドリブとオキナワのツッコミがかわいいポイント。)

〜千秋楽ver.〜
「今日もピクルス。昨日もピクルス。一昨日もピクルス…明日は休み♪良かったぁ〜」

「ゆっくりできるのねぇ〜♡」
「(団扇でペシペシ)」
「…明日休みだから浮かれてるや♪」←オキナワに嬉しそうに報告




少しするとニヤニヤおてんばに笑いながらテレサが戻ってきた。両手を後ろに回し、何かを隠している。「テレレ〜ン♪」などと言いながらコミカルに脚をクロスさせてステップを踏むお茶目なテレサと、なんだなんだと楽しげに見守るコージ&オキナワ。
「じゃ〜〜〜〜〜〜ん!」足を交差させてピーンと高く挙げられた手の中には、冷えた缶ビールが2本!!

\うおおおおおおおおお!!!!⤴⤴/


2人が駆け寄ると、そこからの展開は0.1秒。
テレサが自分の分を1本開けながらもう1本はコージに渡し、コジテレコンビはそのままグビグビと勢いよく飲む。オキナワが差し出した右手が所帯なげに切なく宙を掻いた。

「ップハーーーーッ!オキナワも飲むか?」
自分の飲みかけの缶ビールを渡そうとするテレサ

「いーよ!!どーせ2本しかないんだろ!!!」
拗ねるオキナワを見て2人は顔を見合わせた。

「おらたちは………」
ピッタリ隣り合いながら(せーの、)と呼吸を合わせる。

2人で1本で、いいすぃ〜〜〜〜〜♡♡♡


幸せいっぱいな余裕の表情で、首をコテンと傾ける動きがシンクロする。



「…いい、笑顔です」
苦笑いのオキナワはコージから缶ビールを奪った。コージはその勢いにおっと、と少しふらつく。


「じゃあコージ、お先にどうぞ〜♡」
また飲みかけの缶ビールを勧める。
「んふ、おら…テレサが飲んでるところが見てみたぁい♡」
「えっへへ♡」
(小声で本当にずっとイチャイチャしていて微笑ましい。俗に言うバカップル)


「俺やっぱ、外で飲んでくるわぁ…」


「ええええっなんでよ!」
焦ってオキナワに近づくと、こっそりこう囁かれた。

「俺がいたらちちくりマンボが踊れねぇだろ?」
「はっ?!」
「…いまだにテレサとパツイチ決めてねぇんだろ?さっさと決めちまえよ、この童貞野郎ォ」
皮肉っぽく耳打ちされると、途端にあたふたするコージ。

「…っし、しょんべん!しょんべんしょんべん!」
おしっこ漏れそう!のポーズをとると、誤魔化すように急いで部屋の中に入って行ってしまった。



「なんだ?喧嘩か?」
たまに口調が武士みたいになるテレサ、離れたところから訊く。


オキナワがどもっていると、自ら切り出した。
「いいよ、隠さなくて。コージ、全然歌に集中できてない。私でも分かるよ」
どうやら男同士の会話は聞こえてなかったらしい。

「…あぁー、そっちも大問題だよ…。『焦るなよォ』って言われたよ……次のコンテストだって、優勝したら賞金とデビューがかかってるっつうのに…」
ポケットに仕舞っていたコンテストのチラシをテレサに渡す。


しばらくチラシを見つめるテレサ

「………読めない」
オキナワ、もはや切なく笑うしかない。


するとおもむろに、ギターを構えた。
♬土方仕事で日が暮れて〜埃まみれの汗をふく〜急ぐ家路があるじゃなし〜待ってくれてる人もなし〜…ってか…」

静かに『みれん横丁のテーマ』を弾き語りすると、深い溜め息をつく。


「Oh〜〜いい歌なぁ、それ」
「おおお!嬉しいねぇ!俺が作ったんだよ!!♬しょんべ〜ん…」
元気に続きから再開しようとするオキナワの手をテレサが止めた。

「えっちょっと待って待って…オキナワ、曲作れるの?」
「なんだよォ…今更知ったのかよ…」


そんなやり取りの最中、コージが手水を払いながら戻ってきた。
「えへへへへ、しょんべん飛び散ってしまったぁ〜〜〜」
呑気にニヘラ〜と笑っているコージに、テレサがチラシを突き出してピシャッと言い放つ。


「コージ!このコンテスト出なさい。賞金、デビュー、両方持っておいで」


「へ??別に出ねぇとは言ってねぇよ?」
チラシを受け取ると、キョトン顔で答えた。


「お前が出るって言うなら、師匠に伝えるのは今度でいいよ」

「はぁ〜い」(ニコニコ)

「はあいって…軽いなぁ」
コージの気の抜けた返事に溜め息混じりにぼやく。

「なぁんね〜っ!」(ニコニコ二コ)


オキナワの本気は上手いこと伝わらない。コージはテレサにかまけて浮かれモードなのだ。常にふわふわしている。





ここで場面は変わる。

『デリケートに好きして(太田貴子)』のイントロに乗せて、THE 昭和のアイドルの風貌の寺泊 行代(以下、行代)が愛想良く両手を振りながら、元気に小走りで登場する。その後ろには黄色いポンポンを両手に携えたバックダンサー2人、同じく昭和の風貌で顔全体で作った笑顔を固定しながら出てきた。舞台上が一気にアイドルのステージに変わる。

下手側の高いところからは審査員だろうか、難しい表情でイスに腰掛ける男3人が黙ってその様子を見下ろしている。


♬「そうよ、女の子のハートは〜星空に月の小舟浮かべ〜夢を探す事もできる〜デリケートに好きして〜デリケートに〜好きして、好きして、好きして!」
横揺れのステップを刻みながら歌い、「好きして」部分で内股でピョコピョコと飛び跳ねて歌唱が終わった。


「ありがとうございました〜〜〜!」行代が快活に手を振ると、バックダンサー2人は元気に地面を蹴りながら舞台裏へとはけて行った。行代は客席に背を向けると、審査員たちが待つ階段を女の子走りで上って行く。

すると色鮮やかなジャンパーを着たイベントスタッフが慣れた口調で司会進行をしながら登場した。
「さぁ!今年もやって参りました、毎年恒例墨田区東向島歌謡コンテスト!後半戦にいく前に本日の審査員の方々を紹介したいと思います!え〜、あちら右から、墨田区区議会議員・悪巧悪徳先生〜!」

司会が紹介していくと、1人1人が何か一言言う流れ。ここもアドリブが絶妙で楽しい。
(悪徳先生は「好きな色は、ワイロです」が個人的にツボでした。)

「続いて、芸能プロダクション戌亥企画社長・戌亥辰巳さん!お隣、漫画家のマンボ好塚先生〜!そしてそして!スペシャルゲスト、当時は17歳でしたかね〜?」

行代に呼び掛けると、わざとらしく手を顎の下で握り「う〜〜ん…」と首を傾げる。所作も一昔前のどこか懐かしいぶりっこ具合。


「あのスーパーアイドルが…!なんとここ、紳士服の青山さん駐車場特設会場にやってきてくれました〜!ゲスト審査員の寺泊行代ちゃ〜ん、39歳〜!!」


悪びれる様子もなく無神経な進行をこなす司会者。
「行代でぇす☆」
立ったまま、恐らくデビュー当時から変わらないであろうポーズをシャキーンと決める。
(ちなみに・・・寺泊行代が歌った歌は1983年〜放送されていたアニメ『魔法少女クリィミーマミ』のOP主題歌。行代の衣装も主人公と似たような黄色いドレスだったので、このアニメのことも意識していた気がします。魔法の力を使い、期間限定で一世を風靡するトップアイドルになった主人公のデビュー曲としても歌われている楽曲。とことん皮肉がこもった演出だなと・・・)



「それではどんどん参りま…おお、おっと、すごい勢いで入ってきましたよーー」

司会者が次の段取りに進もうとすると、下手側から迫力のある形相でズカズカとステージにやってくる男2人。コージとオキナワだ。やる気で燃えたぎっている様子で客席側に背中を向けると、息ピッタリで審査員席に深々とお辞儀をした。


「演歌では珍しい2人組だそうで。では意気込みを…」

北津軽郡から来ました!!海鹿こ…」

「あ。お時間のようです〜!」
熱のこもった自己紹介をシャットアウトされ、仕方なしに歌う体勢に入るコージ。

「今日はどんな曲を?」

『十九の春(田端義夫)』を…バタヤン調で!」
ギターを高く掲げるオキナワ。2人は互いにしっかりと目線を交わした。

「それでは歌っていただきましょう〜!どうぞ!」


♬「あたすがァ〜〜あなたにィ〜〜惚れたァのはァァァ〜〜〜ちょうどォ…ずぅくのォ春で〜すたァァァ〜〜〜〜……」
鼻にかかったような声と訛った口調で歌う。もう喉は詰まらない。最後のギターもジャン!と決めると、バッ…!!と同時に審査員たちの方を見る。手応えはあったようだ。



「それでは発表いたします。今回見事デビュー権と賞金を勝ち獲ったのは……地元の高校生のヨシコちゃーーーん!17歳!おめでとうございます〜〜!」
司会に紹介されると、セーラー服で足首丈の長いスカートを履いた、昔のヤンキーの装いのヨシコちゃんが下手側より登場した。高い位置にいるため、コージとオキナワは見上げている。

ダブルピースでやって来ると、会場の客席に向かって手を振った。「あ、あそこにいんのみんな地元のダチ〜イェ〜イ」
「それでは、ヨシコちゃんに今の気持ちを聞いてみたいと思います!」
促されると、デビューの証である金のレコードの盾を乱暴に肩に乗せ、ガムをクチャクチャと噛みながら挨拶をする。
「サンキューッス。この後美味いチューハイ飲めそうッス。へへっ」
「こっ高校生らしいカワイイ冗談でしたね…っ」
自由すぎる振る舞いに焦りながらすぐ舞台袖に連れて行こうとする司会者だったが、ヨシコちゃんはマイクを奪うと、審査員席に向かって身を乗り出しながら言った。

「…おい、おい!」

ずっと気まずそうに俯いていた審査員の中の1人、墨田区区議会議員・悪巧悪徳の顔をこちらに向かせる。

「…初めて親父らしいことしたじゃん」(ニヤリ)
「そっそれは…!シィーーーー…!!」

「げ、厳正なる審査で優勝したヨシコちゃんに盛大な拍手を〜!!」



なるほどそういうことか…。

動揺する父親の様子にゲラゲラと笑うと、今度はコンテストに来ていた客席に向かって身を乗り出す。
「1・2・3・ヨシコーーーーーーー!!!」ダーーーッの要領で叫ぶと、そのまま舞台袖に連れていかれた。(見えなくなるギリギリまで父親に向かって「ねぇバイク買って〜バイク〜」等ヨシコちゃん絶好調)
審査員たちを乗せたセットも流れていき、コンテストの幕は閉じた。この場にはコージとオキナワの2人きりになる。


出来レースじゃねぇか!!!!!」
怒りを露にするオキナワ。

「まぁ、また次があるべ」
コージは対照的に執着していない様子で、やけにさっぱりとしている。


「…お前がそんなんだから優勝できなかったんじゃないのかよ……なぁ、俺らもう人の歌歌うのやめようぜ…?自分の曲で勝負してぇよ!オリジナルで作ってよぅ……俺たちの歌だよ…」


溜まり溜まっていたであろう正直な思いを、すがるような声で訴えかける。


「なぁ…どうだ…?」
ずっと口をつむぎ目も合わせないコージの顔を不安そうに見つめ、緊張した様子で問う。するとコージは小さく口を開き、そこからみるみるアクセルが全開になったように興奮して言った。

「お……おおおおおいいべ!!!それやるべ!!!!!


「うおおおお!!!!」
オキナワの表情が一気に煌めいた。新たな夢に向かって大盛り上がりする2人。青春だなぁ…と思わざるを得ない。



その勢いでオキナワが思わず握手を求めると、咄嗟にチョキを出すコージ。

「ジャンケンじゃねぇよ!しかもなんで勝ってんだよ!!!」

天然ボケとキレキレのツッコミが冴え渡るナイスコンビだ。
(この場面、前半時期の東京公演の途中まではオキナワは右手を出したのにコージが左手を出すもんだから上手く握手できず、オキナワが「なんで右と左……〜〜〜ああもうっ!」ともどかしそうにイライラする流れでした。)



「もういいや…早く帰って作戦会議するぞ!」
「おうっ!」

張り切って歩き出したそのとき、下手側の少し離れたところから1人の男が「お疲れさ〜ん」とのんびり声を掛けてきた。コンテストの審査員席にいた、芸能プロダクション戌亥企画社長・戌亥辰巳(以下、戊亥)だ。真っ黒のサングラスを掛けたいかにも業界人らしい見た目だが、なんだか胡散臭い。

呼び掛けに気づくと、足を止め振り返る2人。
なんでも戊亥は、先程のコンテストが出来レースでなければ、優勝したのはコージとオキナワだったと言う。からかっているのだろうか。今はそんな冷やかしに構っている暇ではない、といった様子で無視して行こうとした。


「俺はお前たちに1票入れたんだぞ〜〜〜?」


その一言に目の色が変わる2人。勢いよく振り返った。
「おっ、急にギラつくねぇ〜!」
指を差しながらニヤッと悪い笑みを浮かべる。

「お前らあれだろ、賞金よりもデビューが目当てってクチだろ?」
当たっている。しかしまだ疑心暗鬼な様子で、黙ったまま顔を見合わせるコージとオキナワ。
「だったらなんだってんだよ…」
依然むすっとして答える。

「だったらしちゃおうよぉ!デビュー!えっえっえっなんでデビューしないの?!こんだけ歌えてさぁ?!顔も悪くな〜〜い、キレてな〜〜い」
軽妙なトークで畳み掛けながら近づいて来る。2人もだんだんと満更でもなくなってきた。

「ほら笑ってみて」
戊亥に言われるがままくしゃっと笑ってみせるコージ。
「いいねいいね〜!じゃあちょっとアヒル口やってみて。ハイ、ジャミロクワイ♡」
ジャミロクワイ、の部分に合わせてコージはアヒル口をしながら首をコテンと傾げ、ペンギンのようなポーズをとる。突然のサービスタイム…いつの間にか隣に来ていた戊亥の動きも何故かシンクロしている。


「だどもおらたち…優勝できなかったんで…」

だーーかーーら!こうやって直々にスカウトしに来たんでしょーがよぉ!
そう言い放つと、戊亥は唐突に結構な時間をかけてエアドラムをし始めた。(シュール)

「お…オキナワ!!遂に来たべチャンス…!」
「お…おう…おおう!!!」
まさかの急展開に信じられない様子で手を取り合い、小声で喜びを分かち合う。


「よし!一杯やりながら話そうか。あ、中華好き?」
「はいっ!」弾んだ声で返事をするとコージとオキナワは再び顔を見合わせ、中華料理屋へ向かう戊亥の後ろをアヒルのように付いて歩く。やっと事が順調に進み始めた。少なくともこれで何かしら未来が変わる。そんな大きな期待が押し寄せていた最中、戊亥から思ってもみない言葉が掛けられた。


「あーー…ここからはビジネスの話だからさ」
「はい!!!!」



伴奏の方は遠慮してもらえるかな?



上手く状況が飲め込めず唖然とする2人。しかし戊亥は話を続ける。「中華は中華でも広東料理っつう獣臭〜いやつなんだよ。そういうの、苦手でしょ?」あからさまにオキナワ向かって言っている。そんな店に今からコージを連れていこうとしているというのに…適当なその場しのぎなのがすぐ分かる。コージは話を戻した。「あのぉ…オキナワも……」言葉を失ったオキナワにあたふたと両手を向け、まともに聞こうとしない戊亥にも食い下がる。


「いやっだからあの…オキナワも、一緒に。おらたち、いつも2人で…
以前オキナワは、大野に自分たちのことを「俺らコンビなんで」と表現していたことがあった。「おらたちいつも2人で」と同様の認識に胸が熱くなる。

その言葉を受け、ギターを構えたオキナワが横並びのコージの肩を組む。そして空いた右手で自分の唇を摘むと、自らの手でアヒル口を作った。(本人的には決め打ちのつもりだったのかも…)



「そもそも演歌で2人組なんて聞いたことねぇだろ」
しかし、戊亥の口調は冷え切っている。

「そうかもしれねぇけど…だったら、これからおらたちが…!」

「大体、お前1人なら優勝できてたんじゃねぇの?」
その一言に、最初は愛想良く笑う余裕があったオキナワからもみるみる笑顔が消えていった。



「だ…だども……オキナワは上京して初めて知り合って、家にも泊めてくれて、じぇんこ(お金)も奢ってくれて…」

「良い友達ってことは分かった。で?」

「へっ?「で?」って……な、なぁ?」困ってオキナワの顔を見る。

「…で?」

「へっ………」




しん……と静まり返る。
引きつる笑顔も失ったオキナワとコージ。気まずい時間だけが流れる。


「…ややこしいことは嫌いだ。2人でナシつけてから来てくれ」
しびれを切らした戊亥はそう言い残すと、コージに名刺を渡し去っていった。

「オキナワ…これ…」
オロオロしながらも無理矢理笑顔を作り、もらった名刺を両手で渡そうとする。しかしオキナワは何も言わない。目も合わさず背中を向けると、コージから離れていった。たった一度のこの亀裂が、2人が築いてきた関係を大いに狂わせる。やっとこれから、というところだったのに。コージは名刺を握りしばらく立ち尽くしていたが、肩を落としてトボトボその場を後にした。






暗転と共にセットが転換する。

それと同じ時間、工場で白い作業着を着てパート中のテレサ。同じくパートのおばちゃん2人(演じているのは男性)と一緒に作業している。ストリッパーを辞めてからはサンドウィッチ工場で働いているらしい。2幕の序盤で「今日もピクルスピクルス・・・」と言っていたのは、テレサはパンにピクルスを挟む工程の仕事を担当しているためだ。


「困るんだよテレサくん!」
リーダーなのか、この場を取り仕切っているであろう作業員の男が苦情をこぼす。
「スミマセン…」
「君は一体何度言ったら…」
男が説教を始めた瞬間、ダンッッ!!!テレサはまたすごい勢いで土下座をした。
「この度の件につきましては!!全てわたしの…」
「そのお得意の大袈裟な謝罪も、私には通用しないからね!!」
工場に来てからもこの謝罪を連発しているらしい。途中で遮られてしまう。

「ちょっとーーなになにぃーー?」
「今度はなんなのーー?」
パート仲間のおばちゃんズ2人が止めに入ってくれた。

「見たまえ!テレサくんの作ったサンドウィッチ、このピクルスの位置の横着さったらないね!おかしいだろう!」
製品のパンを開きながらネチネチと説明をする。

「ちっともおかしくなんかないわよーー」
「そうよーーアンタのその喋り方の方がよっぽどおかしいわよーー」


「気にしちゃダメよー?」
「ああ…ありがとうございます…」
「うん、ガンバローー?」
しゃがみ込んだ体勢のテレサに目線を合わせると、肩に手を乗せて励ましてくれた。テレサの身の回りの同性は、皆優しい人ばかりなのが救いだ。


「〜〜〜っ。主任に報告してクビにしてもらいますからね!」
「困ります…!」
「あっ主任だ!」

「あーーはいはいはいはい、どうしましたー?そんなに騒いで〜」
眼鏡をかけた白髪混じりの男性米村主任(以下、主任)が現れた。
「主任、見てください、このテレサくんのピクルスの位置が…」
「そんなもんパンで挟んじゃえば一緒でしょう!」
話の途中で察したのか、さぞどうでも良さそうに一蹴してくれた。
「主任までそんなこと言い出したら…!」
「はいはい、皆さん仕事に戻って〜」
手を叩き、その場を切り上げる。口うるさい作業員の男はおばちゃんズに抱えられ、「行くわよーー」と工場の奥に連れていかれた。
「この床もバターまみれだからねぇ。安全通路を通ってくださいね〜。滑らないように」
遠ざかる3人に声を掛ける。


「あのぅ…主任、ありがとうございました」
お礼を言うと頭を下げ、再び仕事に戻ろうとするテレサ。すると突然、主任は『与作(北島三郎)』を口ずさみ始めた。テレサは驚いて振り返る。


「演歌歌手目指してるんだってね」
「え…?」
「彼氏さん」
「ああ…!はい」
コージの話題に強ばっていた顔が一瞬でほどける。
「奇遇だなぁ。僕も演歌が大好きでねぇ、是非応援したいなぁ〜」
「あはは、それ聞いたら彼、とっっても、喜ぶと思います。…では」

「それで君もこうやってバイトして、彼氏さんのことを支えてるってわけですかトントントーーン♪(『与作』の歌詞に交えて)」
仕事に戻ろうとしてもすぐ話しかけられるため、なかなか戻れない。
「…あぁ、はい。えへへ…まぁお給料は安いので、イッパイイッパ〜イですけど!
野太い声とジェスチャーで、生活が一杯一杯ということをコミカルに話してみせるテレサ
すると主任は「はぅ!!!」息を飲み、手に持ったバインダーを落とすほど驚愕した。動揺したようにせわしなく辺りを歩き回る。そんな奇妙な主任の反応に少々引いているテレサ

「そーーですかそうですか…いや、まさか君の方から切り出してくれるとは…………。ね〜…ここ、お給料、安いよね?…おいくら?」
「え?」
突然詰め寄られ、思わず黙り込んでしまう。


「…外人さんねぇ、時々VISAが切れた人が紛れ込んでたりするから…ちょっと調べさせてもらいましたよ。君の状況は、入管に通報すれば一発で強制送還でしたよ?まだバレてなかったからよかったものの…そっちの一発よりこっちのイッパツの方がいいでしょう?で、おいくら?
自分の股間を指しながら迫られ、テレサの顔がどんどん強ばっていく。


「私は…そういう女ではないです…」
悔しさを押し殺した辛い声。

「君が自分のことどう思おうが、端から見れば売春婦だよ」
「違う!!!!」
1番言われたくないことを言われ、衝動的に突き飛ばしてしまう。


マネキンのように体勢を崩さずポーーーンと吹っ飛んだ主任、滞空時間が長い。
そしてスザザーーーーッと床を綺麗に滑る。


「バターが・・・!!!!」


あれだけ気をつけていたはずが、結局バターまみれになった主任。服を払いながら急いで立ち上がる。(かなり笑いづらい難しい場面のはずなのに、ちゃんと軽く笑えるようになっているのがすごい。)



「あのねぇ…君を雇ってるだけで私も捕まっちゃうんだよ。まぁ…私の場合はもし警察に見つかっても“知らなかった”で通せるけど……彼氏さんはダメだろうね。デビューもなくなるでしょう」

「えぇ…!ほんとですか……」
その一言で血の気が引いたように深刻な顔になる。

「だからね、みーーんなで黙ってれば、みーーんながお咎めなしってわけだ。誤解しないでくださいよ?今日明日の話をしてるわけじゃないので。まぁ私も給料日前なんでねぇ…」
いやらしい顔でそう言いながらテレサの腕をとった。作業着の袖を捲し上げ素肌が見えると、鼻を近づけてくる。抵抗できずに固まるテレサ。主任は腕全体のにおいをクンクンと嗅ぐと、手首までだんだん下がってきた。そしてそのまま「シュウィン!」と飛行機が離陸したときのように自分が飛び立つ仕草をする。テレサは動けない。

とりあえず満足したのか、やっと離れる主任。だがすぐ振り返る。
「…あ。それまでにはちゃんと病院に行っておいてくださいね。性病は…NOよ!!!!」

強い口調でテレサを指差し、さっさとその場を後にする。
テレサはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて感情を押さえ込むように捲し上げられた袖をゆっくりと戻した。その場から動けず、じっと無言のまま表情が絶望している。






ここでセット転換。
暗転すると『鳳仙花(島倉千代子)』のイントロがかかり、下手側からスナックのママがマイクを持って登場する。スポットライトはママに当たり、テレサはやるせない表情で後ろを向くと、そのまま暗闇の中に消えていった。

♬「やっぱり器用に生きられないね 似たような2人と笑ってた 鳳仙花 鳳仙花 はじけてとんだ花だけど 咲かせてほしいの あなたの胸で・・・」

テレサの心情を表現するためのBGMの役割かと思いきや、途中からマイクを持った常連客の男も加わり、お互い顔を見合いながら歌い出した。全く別の新たなシーンだと気づく。デュエットしながら自分たちの歌に心酔し、気持ち良さそうにハモっている。だんだんと全体が明転すると、店内には今デュエットした男性客の他にもう1人、お馴染みの男性客が1人いた。サビに差しかかるとその男性客がもう1人のマイクを奪い、ママとデュエットする。男同士で小競り合いしながら歌唱が終わった。どうやらスナックに置かれたカラオケで歌っていたらしい。新品らしい機械の画面には『俺カラ』と表示されている。ママと男性客2人はカラオケのまわりに集結し「やっぱカラオケはすっげぇなー!」「次どれ歌う〜っ?」などとキャッキャッ盛り上がっている。


そこに大野、続いてコージが会話をしながら入店してきた。オキナワの姿はない。
「…で、それから会ってねぇのかよ?」
「はい…」
「ったくお前は…人の機微が読めない奴だねぇ…」
どうやらオキナワの話題だ。


「お…大野さん…!」

ママや客たちは焦った顔になり、導入したてのカラオケマシンの前に立ち咄嗟に隠す。客の1人が自分の着ていたジャケットを脱ぎ、慌てて上にかけた。「い、いらっしゃ〜い…」ママがよそよそしく挨拶すると、皆も愛想笑いで誤摩化そうとする。カラオケマシンの存在を察しながらも、何も気にならない素振りを見せる大野。なんだか緊張感のある空気が流れる。

「毎度どうも〜あの!どうです?よければ、一曲」
いつものように明るく声を掛けるコージ。客たちの違和感には何も気づいていない様子。
「バカ!やめろ。…ビール」
大野は静かに制すると、キョトンとするコージを連れてそのまま席についた。


「ご、ごめんなさいねぇ〜〜〜!」ママがビールとおつまみを運んできながら切り出す。
「何が?」
「ほらぁ…お向かいのプランタンさんも角の夢風船さんもカラオケ入れたって言うでしょう…?うちだけ入れないわけにもねぇ…?」
「なに、何の話?ごめんよ、今日はコイツにちょっと話あんだ」
努めて穏やかに振る舞う大野。気まずそうに居座っている客の方にも笑いかける。今日は流しをしに来たわけではないということにしたのだろう。大人の対応だ。



コージはというと、戊亥から持ちかけられた単独でのデビューの話とオキナワのことで頭が一杯一杯な様子。大野からグラスにビールが注がれると、ハッとして自分も注ぎ返した。

お前、成功するつもりでいるから後ろめたいんだよ。そんな保証どこにもないぞ?お前と別れた方がオキナワにとって幸せな未来が待ってるかもしれねぇじゃねぇか。そういう可能性も含めて、アイツの将来背負う覚悟はあるのか?」

「それは…」

「なくていいんだ、そんなもん。だから自分で決めろって言ってんだ。大体、こうやって相談しに来てる時点で、華やかな世界に行ってみたいってのが本音だろ〜?」
大野が両指を指しながら悪戯に笑いかけると、コージは下を向きながらハニかむ。

「だども…後ろめたいなら行きたくねぇ、って話で…」

「無理だよ。世の中そんな上手くできてねぇよ。本当に清く正しく、一片の後ろめたさもなく生きて望んだものが手に入るなら、演歌なんていらねぇんじゃねぇのか?」

「なら!!尚更歌にだけは正直にいたいじゃないですか……」
大野の言葉を受け思わず立ち上がる。

「そうだ!歌には正直でいろ!歌さえあれば真っ直ぐ生きられる。逆に言えば、歌にすがるしかねぇんだ俺たちは……お前が今すがるのはオキナワじゃねぇ……」

そう言われ言葉を飲み込むコージ。静かに考えると、悲しい顔で座り直した。
「分かりました…………」

「そうか。じゃあ…」

「てっテレサとも相談してから…!」
まだ踏ん切りがつかないのか、顔を上げ再び話を戻す。

「はあ?お前俺の話聞いてたのかよ?!…おあいそ!」
呆れ顔になりながらママに声を掛ける大野。



「あっ、今日はお代、大丈夫だから…」
「何よそれ。どういう意味よ」
途端に大野から穏やかさが消えた。
「どうって……ねぇ?」
ママが気まずそうな笑顔で客たちに賛同を求めると、皆同じようにヘラヘラと笑った。
「選別か。もう来るな、ってことか」
「そ、そういうわけじゃないけど…」

「そうだろうがよぅ!!!大体、機械なんかと歌って何が楽しいんだよ!!!
突然声を荒げると立ち上がり、カラオケマシンに殴りかかろうとした。男性客2人がかりで必死に押さえるが収まらない。いつも冷静だった大野の豹変に、オロオロすることしかできないコージ。

「こんなっ…こんな機械っ…」



「大野さんだって嫌でしょう!!!!!!」

とうとう、騒ぎを我慢して見ていたママが叫んだ。
大野はピタッと動きを止め、店内も水が打ったように静かになる。

「来てくれることは構わないよ。嬉しいよ?……でも、これからもう誰も頼まなくなるから!!!!

客たちが「おい!」と止めに入ろうとしたが遅かった。現実を言葉で打ちつけられ、その場にヘタリと座り込む大野。



「師匠…帰りましょうよ…」
しばらく心配そうに見つめていたコージが声を掛ける。

「…1人で帰れ」

「ん…じゃあ…また、連絡します」


「もういい…!どうして俺を置いてけぼりにする奴の相談に…何度も乗らなきゃならねぇんだよ……!!!

悲痛な声を振り絞りながら叫ぶ。なんて切ない…いつも冷静に物事を俯瞰で考えられる、尊敬する「師匠」の大野が、コージの前で初めて人間らしさを見せた瞬間だったと思う。コージは複雑な表情を浮かべてしばらくただ立ち尽くしていたが、やがて決心したように、背を向けて座り込む大野に向かって頭を下げた。

「ありがとう……ございました…」

一歩ずつ前へ進み、階段を上り店を出ようとする。「コージ!」直前で呼び止められた。



「アイツと本気で繋がってるなら…また会えると信じて、さよならをしろ」


その言葉にコージの背中にぐっと力がこもる。大野はやはり最後まで「師匠」だった。そして振り返らず、感情を押し殺すようにデビューへ向かって扉を開けた。







場面は変わる。
暗転すると大野やママ、客たちを乗せたスナックのセットが下手側に流れていく。近くで電車が通過する音と共に正面奥に現れたのは、コージが暮らしている3人で過ごすには狭いアパートの部屋。そこにぼんやりスポットライトが当たっているが、全体が暗くよどんでいる。コンテストの優勝を逃し、かと思えばコージだけが芸能事務所にスカウト。テレサはパート先で主任から体の関係を迫られ、コージは大野とも決別。長く重い1日だったろう。窓から漏れる月明かりが寂しい。部屋の中にいるのはオキナワ1人だ。小さなちゃぶ台、小さな洗濯機、小さな冷蔵庫、畳まれた布団、ギター。必要最低限のものしか置かれていない。

オキナワは空のギターケースを広げ、ゆっくりと洗濯カゴから自分の衣類だけ取り出すと、1つずつ中に入れていく。荷造りをしているようだ。ある程度入れたところで座り込みそのままギターケースを閉めようとしたのだが、何かを思い出し布団の方に向かう。枕を拾い上げると感触を確かめるようにポンポンと抱き締め、ケースの中に放り込んだ。全て仕舞い込み、家を出るべくドアへ向かったとき、先に外から扉が静かに開いた。


「あれ…オキナワ…コージは?」

「さあな…」


テレサが帰ってきたのだ。
黙って家を出ようしていたオキナワだったが、タイミングを失った様子。ギター不在のギターケース片手に、立ったまま所在なさげだ。「そう…」テレサはそれだけ言うと、オキナワの前にしゃがみ込んで洗濯物を畳み始める。まだスカウトやデビューの件は知らないため、出ていこうとしていたことには気づかない。


「…邪魔かな」
突然手を止め、正面を向いたまま訊いた。

「え?」

「私、邪魔かな」
オキナワの方を振り返る。

「邪魔は…俺の方だろうがよ…」
思ってもみなかった言葉に少し驚きながらも、自嘲気味に落ち着いて返す。



「誰の邪魔にもなりたくない。誰かの重荷になりたくなくて…私、家族が重荷だったから……酷いよね。酷いけど、辛かったの。いい人たちだよ?悪い人たちなら、裏切れた…けど、みんないい人たちなの……コージにも、私なんかのために何かを我慢してほしくない。自分のため、だけに、生きてほしい



だんだんと瞳を湿らせながら訴えるテレサに、オキナワは何かが吹っ切れたように微笑んだ。

「…今からすることが間違いじゃないって、改めて確信したわ」


「オキナワ…?ギター…」
ギターケースだけ持ったオキナワと部屋の隅に立て掛けられたギターに気づき、不思議そうに問う。



「ギターケースひとつに収まっちまうような暮らしだったわ」



全てを諦めたような言葉を最後にオキナワが出ていこうとしたため、戸惑いながら立ち上がるテレサ


「…ただいまぁ」ちょうどそこにコージが帰ってきた。

「あれ…オキナワ、どっか行くのか…?」
「コージ…!」
テレサが床に置かれたギターを示すと、全てを察した様子のコージ。オキナワと2、3秒目が合う。だがお互いすぐに目線を外すと、コージは俯いて扉の前を空けた。オキナワは何も言わず、その真横を通り過ぎる。
「へば………」
部屋を出る直前、悔しさとも悲しさともとれる痛々しい声を掛けた。反応して一瞬立ち止まったように思えたが、オキナワは振り返らず、とうとう部屋を出ていってしまった。


「コージ?!なんで止めないの!」

「分かってる!!分かってるから…1人じゃなきゃデビューできねぇって言われたから、おら、デビューする。デビューして、おめぇを幸せにする…!」

「オキナワは?!仲間でしょ?!」



「そんなにしょい込めねぇ!!!そんなに誰も彼も幸せにできねぇべしゃ!!!」



ずっとコージを苦しめていた想いが溢れ出した。テレサは何も言えなくなる。

「コージ…私…」

テレサだけは離さねぇから…おめがいればおら、戦えっから…」
今にも泣きそうに笑いかけながら、テレサの両肩に手を置いた。しかしテレサは納得していない様子でコージに背中を向ける。



♬『逢いたくて 逢いたくて(園まり)』
上手側手前の方よりマイクを持った才原ナホ(以下、ナホ先生)にスポットライトが当たり、歌いながら現れる。

「愛した人はあなただけ 分かっているのに 心の糸が結べない ふたりは恋人〜…」

コージは床に崩れ落ち、くしゃくしゃと泣き出してしまう。「コージ……」テレサは向き直ると後ろに回り、震える背中をそっと抱き締めた。だがその表情は曇ったままだ。だんだんと部屋のセットが奥の暗闇に消えていく。


そして部屋の外(セットの手前)にはもどかしそうにイライラした様子で歩くオキナワ。ふと立ち止まりアパートを振り返るが、未練を断ち切るように1度地面を蹴ると、別の道へ向かって再び歩き出した。



「好きなのよ好きなのよ くちづけをしてほしかったの…だけど切なくて〜〜…涙が出てきちゃう〜……」

近くの階段の手すりを上手く使いながらパフォーマンスをし、上っていく。その上には音楽スタジオのレッスンスペース。歌唱を終えると同時に奥の扉からコージが現れ、ナホ先生と向き合いお辞儀をする。あれから数日後の場面であろう。歌唱指導のナホ先生は「バァ!」と両手を顔の横で広げ、「こんな感じ〜!にゃはは〜♡」と人が変わったようにキャピキャピとしている。(みんな大好きナホちん)


「じゃっ、歌ってみよっか!」

「はい、先生」

「んっ?んっ?う〜〜〜〜ん?」違和感を覚えたように首を傾げる。

「先生?」

「…コージ君さぁ、ここに通い出してどれくらいだっけ?」

「え?えぇーーとぉ……」頑張って思い出そうとするコージだったが、ナホ先生にとって正確な日数は重要ではなかったらしく、いいのいいのと止めながらこう言った。

「そろそろ、“先生”って呼ぶの、やめてみよっか?!」

「えと…じゃあ、なんて呼べば…?」

「う〜〜んっえっとねぇ〜えっとねぇ〜♡…ナ・ホ?」

「へへ、じゃあ、ナホ先生?」

「ううん〜ううん〜…ナ・ホォ………
急に艶かしい声で凄まれ、少し怯えながらトテトテ後ずさる小動物のようなコージ。



するとそこに「おーい!やってっか〜?」と声を掛けながら戊亥が階段を上がってきた。女性も1人一緒だ。「先生〜コージをよろしくお願いしますよ〜っと」戊亥にお尻をサラリと撫でられ、ナホ先生は「もっ!コラ!」かわいく手を振り上げた。しかし戊亥は特に気にも留めず、置いてあったピアノの鍵盤を軽く叩いて鼻歌を歌う。その後ろに立つ女性はツンとして興味なさそうな態度だ。

「あっ…!」コージは女性が誰なのか気づくと、思わず指差しながら口元を手で覆った。

「お、なんだお前?知ってっか?」「もちろんです!!あのコンテストのとき…」「おーーそうかそうか。なら話が早い。寺泊行代さんだ」紳士服青山の駐車場特設会場のコンテストで一緒だった、あの行代だった。コンテストのときのフリフリなアイドル衣装とは違い、年相応の私服姿。かつて一世を風靡したアイドルとの対面に興奮するコージをよそに、行代は冷めた様子で腕を組んだままだ。戊亥に無理矢理連れてこられたのだろう。


「おいおい〜コンビ組むんだから仲良くやってくれよ〜コンビが仲悪いってのは昭和までの話だ。今は平成も2年目なんだからよ〜」

「その平成に、演歌?」
戊亥の言葉に行代はハンッと嘲笑う。

「あのぉ…コンビってどうゆうことだべか…?」
申し訳なさそうに話に割って入るコージ。

「お前はこれから行代と組んでデュエットでデビューすんだよ」

「デュエットォ…?!!」

「訛るなって言ってんだろ!なんだお前、1人でデビューできるとでも思ったか」

「したばって…だったら別にオキナワでも……」
思わず口をついて出るオキナワの名前。もしかしたらコージは、オキナワが部屋を出てから後ろめたさがなくなることはなかったのかもしれない。だがここまで来てそんなこと受け入れられるはずもなく…戌亥には軽く流される。

しかし行代は「安心しなよ。私、やらないから!」とコージの肩に手を乗せて言うと、奥の出口に向かって足早に去っていった。「おい行代!」戊亥が後を追う。



再び2人きりになり一瞬の静けさが訪れる。
「…レッスン、再開しよっかっ!」ナホ先生が明るく声を掛けた。

「はい…」

「前から思ってたこと言ってもいい?その背広さ、おばあちゃんにもらって大切にしてるのは分かるんだけど…真夏にそんな暑いの着てたらちょっとおかしいんじゃない?1回試しに脱いで歌ってみたらどう??」
そう言いながら背広に手を掛けようとするナホ先生を咄嗟に振り払った。

「あっ…だどもおら、これ着てないと調子出ないんで…」
ヘラヘラと笑って誤摩化す。

「ほらぁ、それに訛りだって」
指摘されると、コージの顔つきが変わった。

「おら、故郷(くに)の言葉もこの背広も、恥ずかしいとかおかしいとか思ったこと一度もねぇです」
強い覚悟を感じる低い声で、真っ直ぐに言い切る。するとナホ先生は窓から夜空を眺める少女のように手すりに手を乗せ、小さく溜め息をついて言った。


「ウブなようで頑固…。そういう人……SUKI!!!!!ナホって呼んで
再び凄まれ、おずおずと扉の方に後ずさりするコージ。(&グイグイ迫るナホ先生)ここでレッスンスタジオは暗転し場面が変わる・・・・





場所はそのスタジオの外、屋外にある喫煙所。
1人静かに煙草をふかす行代の元に、先程追いかけてきた戊亥が現れる。「吸う?」行代が煙草を差し出したが、戊亥は黙って自分のポケットに入っていた煙草を取り出して吸い始めた。

「ふふっ…あーーそうだったそうだった。アンタに教えてもらった煙草だった」
初めて行代が本当に笑ったように見えた。2人はここ数年の仲ではないらしい。

「お前がアイドル崩れはもう嫌だって言うからやってんだろぉ…」
少し拗ねたような口調で不満そうに言う戊亥。

「それで?あの坊やと何やらせるわけ?」

「CMソングだよ、引越し屋の」

「はあ?!どこの会社?!」
思わぬ大きな仕事のチャンスの予感に目の色が変わる。

♫「引越しを〜〜するなら〜〜教えてよォ〜〜〜」
CMソングとやらを歌ってみせる戊亥に、行代はガックリと肩を落とした。

「それ…全国CMじゃないでしょ。流れるとしてもせいぜい地方局のラジオくらいだろうし、それにタイアップだと営業かけづらいし!デュエットだと紅白も出づらくなるし!」

どんどんヒートアップする行代の言葉を遮り、戊亥はピシャッと言い放った。


先の展開は俺が読む。大御所の悪い癖だぞ」


「なにそれ…馬鹿な若者の方が騙しやすい?」
癇に障ったのかコージのことを引き合いに出す。



板の上で見世物になってる奴は“隙間"がなきゃならねぇんだ。客が思いを乗せる…託す、そんな隙間だよ。馬鹿な若者は隙間だらけだ。だが人は、隙間を欠点だと思って埋めたがる。お前も経験やら年相応のプライドやらで、隙間を埋めちまったなぁ…」


「別に…悪いことじゃないでしょ…」
言い返す言葉がない。

「行代、コージとやれよ。アイツは隙間だらけだ。アイツの隙間には人が集まる。お前はそれを、踏み台にすればいい」


2人はゆっくりと近づき、決意するように額と額を静かに合わせた。その流れで抱き締めようとする戊亥に、行代はひらりと背中を向けた。2人は再び静かに煙草をふかす。







ここで場面は変わる。

1幕冒頭の新宿の街並みと同じ、スーツを着た男女が皆バタバタとすれ違っている。誰もが自分のことに必死で、他人のことは眼中にない様子。下手側からは『みれん横丁のテーマ』の鼻歌を歌いながらのろのろと自転車を漕ぐ“人殺しのおっちゃん”が現れた。荷台にゴミ袋に入った大量の空き缶を乗せたおっちゃんは、このビジネス街にはマッチしていない。途中でよそ見していたサラリーマンの男にぶつかられそうになり「すいません…」と小さくなって謝るおっちゃんだったが、男は明らかに嫌悪感丸出しの顔を向けて去っていった。するとそこに、たまたまオキナワが通りすがる。


「オキナワ!」
おっちゃんはしばらく驚いて見つめていたが、気づかず歩いていってしまうオキナワの背中に叫んだ。

「…お、よお。おっちゃんじゃねぇか。こんなとこまで来てんのか」
振り返ると懐かしそうに近づいてきた。どぎまぎしながらも、少し笑顔を見せるオキナワ。

「久し振りだなぁ…!コージは?お前…今何してんだ?仕事は?」

「…元の仕事に戻ったよ」

「元の仕事ってお前……ギターは?!ギターはどうしたんだよ?!」
手ぶらな姿を不審に思い問い詰めていた最中、「オキナワ!」とオキナワの前を歩いていたチンピラのような1人の若い男が呼ぶ。「行くぞ!」待っていたんだろうが、しびれを切らし少し遠くから口を挟んだ。

「…おう。おっちゃんごめん。俺行くわ」



「オキナワ!!!!」
連れらしき男の後に続いて立ち去る直前、おっちゃんは居ても立ってもいられず呼び止めた。

「お前はあの横丁ではしっかり者だったけどよ…外に出たら俺と大して変わらねぇ半端者だってことは分かってたぞ…お前がいつ戻ってきても歓迎するからな……
振り返りはせず立ち止まったまま話を聞いていたオキナワだったが、何かを必死に飲み込むように話し始める。


「気軽に優しくするなよおっちゃん…これでもそういう言葉に期待しちゃう男なのよ〜…。で、裏切られてよ、人並みに傷ついて…ああ〜〜いけねいけね!俺は犬コロだったーって、思い出すわけ

自らを諦めた様子のオキナワに言葉が出ないおっちゃん。「おいオキナワ!」また男に呼ばれ、最後におっちゃんの方に顔を向ける。「アオーーーーン……」そう遠吠えするとオキナワは走り去り、暗闇に消えていってしまった。






ここで場面は変わり、遠吠えの後すぐ『一番星ブルース(菅原文太)』のイントロがえぐるように入る。

ここではコージ(レッスンスタジオ)テレサ(パート先の主任とホテル)オキナワ(金貸し)の3人それぞれのシーンが互い違いに入り組み、歌とリンクし合いながら同時進行で行われる。



〜階段の上(レッスンスタジオ)〜
「…逆にそのダッサイスーツのせいで売れなかったら、その方がおばあちゃん悲しむんじゃない?言葉のことも一緒だよ〜?」
ナホ先生は上の背広を脱がすと、そのままマイクスタンドに掛けた。白い半袖のYシャツ姿のコージは、言われるがままマイクを持ち『一番星ブルース』を歌い始める。

♬「男の旅は…一人旅 女の道は…帰り道ー…」



〜階段の下(ホテル外)〜
ピンク色の照明が照らす先には、テレサと主任がいた。スーツを着た主任が左腕を曲げてみせ、ワンピース姿のテレサに腕を絡めるよう促す。コージのデビューのためと割り切ることを決意したテレサ。頭を傾け、主任に寄り添いながらホテルへ入っていく。



〜階段の下(金貸し)〜
テレサたちが見えなくなると照明の色が戻り、今度は荒々しい顔つきのオキナワとチンピラが現れた。闇金の金貸しの仕事だ。借金を滞納している連中の元へ行き、殴る蹴るの暴力で回収をしていた。まずは小さな工場に出向いた金貸したちは、土下座をする工場長にも容赦なく暴力を振るう。オキナワは明らかにやりすぎだ。見かねた仲間からも止められるが、それも振り払い取り憑かれたように殴り続ける。



この間、コージの歌唱はずっと続いている。上手側の階段の上にあるレッスンスタジオは動かず、階段の下のテレサ・オキナワは舞台に出たりはけたりと絶えず動き、場面を交互にみせているのだ。

コージが歌う『一番星ブルース』は歌の練習だけではなく、コージ自身の気持ちでもあり、それぞれの心情に当てはまるBGMの役割も果たしている。(コージは声量をしぼったり上げたりしてそれぞれの場面や心情を強調している)



〜階段の上(レッスンスタジオ)〜
♬「あぁああぁぁあ…あああぁぁ……一番星 空から 俺の心を見てるだろうー…」


〜階段の下(ホテル)〜
舞台奥、バスローブ姿のテレサが1人走って出てくる。「やっぱりゴメンナサイ!!!」シャツとトランクス姿で追いかけてくる主任を振り返りながら部屋中を逃げ惑う。「待ちたまえーーー!!!」


〜階段の(金貸し)〜
コージがいるのとは反対側の下手の階段。場所は男性が女性の格好をして経営している夜の店。「ショバ代は払ったじゃないのよ!」と後ずさる女(女とします)にも蹴る殴る。階段を下りて逃げようとする女の後ろからカツラを取ると、無情にも階段の下に投げ落とすオキナワ。ドレスの胸元を押さえながら一目散に拾いに行く女を見て笑う金貸したち。落とされたカツラをしゃがんで被り直した女の髪を掴むと、ぐいっと上へ持ち上げた。するとオキナワは背後から女の胸を揉み、胸元に隠された白い粉の入った袋を取り出す。「おクスリ代もちゃんと奉納してもらわねぇとなぁ?」既にボロボロになっている女にさらに暴力を加えようとするオキナワに、仲間は「やめとけ」と阻止する。その隙に逃げ去ろうとする女だったが、オキナワはまたもや仲間の手を振り払い、気が狂ったように1人追いかけに走った。


〜階段の上(レッスンスタジオ)〜
♬「一番星 消えるたびぃぃ…俺の心が…寒くなる……」
思いが決壊するように力のこもった歌唱を魅せるコージ。
(余談ですが…みれん横丁にいた頃のオキナワのトレードマークは、大きな星がプリントされたTシャツ。でもコージと決別してからはそのTシャツを着ませんでした。『一番星消えた』はコージにとってもオキナワにとっても、はたまたテレサにとっても当てはまる表現だったように思えます。)


〜階段の下(ホテル)〜
まだ逃げ惑っているテレサ。舞台前方まで出てきたが、足がもつれて転んでしまう。追いかけてきて見えたのは頭から血を流した主任の姿。よく見るとテレサの手には血のついた灰皿が握られている。「分かってんだろうな?!お前の彼氏もダメになるぞ!!」血が流れる額を抑えながら怒鳴っている。人が変わったように口調が乱暴だ。
「前にも…おんなじこと言う人いたよ…」
お前みたいな奴はどこに行っても同じなんだよ!!!」
テレサは歯を食いしばって必死に立ち上がる。心無い言葉を受けながらも、今はひたすら逃げるしかない。

(「主任」と第一幕で登場したストリップ劇場でコージと揉めた「助平」は2人共村上航さんという同じ役者さんが演じており、“惜しいところまでいくのに結局テレサを抱けない”共通点があったことが気になったので、演出・脚本の福原さんに質問したところ、答えていただきました。↓)


 

〜階段の下(金貸し)〜
たび重なる身勝手な行動に、とうとう仲間から見放されたオキナワ。吊るし上げられるとそのままボスのいる事務所の床に落とされた。
「いるんだよね〜ストレス解消のために仕事する奴。危なっかしくて見てらんねぇんだわ」
「そんなこと言うなよぉ…」
情けなくすがるオキナワだったが、そこから殴られ蹴られ、自分がしてきたような仕打ちを受ける。
「なぁ…犬コロ同士…仲良くやろうぜ…」
何とか仲間の足にしがみついて訴えるがさらに暴行されてしまう。もう遅かったのだ。だんだんと暗転し、オキナワは殴られ続けながら暗闇に包まれていく。




♬「一番星消えるたびぃぃ……!!!俺の…心が…寒くなる〜〜〜……」


コージの決死の歌唱も終わった。
息を切らしながら呆然としたように立つ。

「ちょっとォ!力入りすぎ〜!それに全然集中できてないっ!」
ピアノを弾いていたナホ先生からそう指摘されると、いつものようにヘラッと笑う。「試しに、これ着てもう1回…」マイクスタンドに掛けてあった背広を持ち上げた。

「も〜〜そんなにおばあちゃんへの想いが大事?」
うなだれるコージを見て、トーンを落として優しくこう語りかける。



「コージ君さ、自分のことで精一杯な人でしょう?そんなに色々しょいすぎたら…持たないぞ〜」







ここで場面が変わる。時間は夜。
上手側のレッスンスタジオ(階段の上)の照明が落ち、正面の橋の上(階段の上)が照らされる。

飲み会の帰りであろう、ご機嫌な北野と一緒にいるのはマネージャーの大橋とお付きのお馴染女性3人組。仲よさげに談笑しながら現れた。橋の中央まで来たところで北野は客席に背中を向け、「あーーしょんべんしょんべん」と気持ち良さそうに立ち小便し始める。「お!ではわたくしも…」無邪気に笑い大橋も隣に並んで便乗する。←本当に液体(笑)が出ている。

女性陣が呆れたように周りの目を気にして隠していると、下手側から橋を渡ってくる体中傷だらけの男の姿。

「先生…!誰か来ました!」
焦って切り上げる大橋と気にせず用を足し続ける北野。


「立ちションも立派な罪ですよ〜〜〜…」


大橋は振り返り、驚いた顔をする。
「おっオキナワ?!」


「通報しちゃおっかな〜〜〜…」


片手で角材を引きずりながらやってきたのはオキナワだった。体中怪我でボロボロで頭にも左腕にも包帯を巻いている。もう失うものはない、とこの世の全てを諦めて自暴自棄になっているような口調だ。


「なんだお前!」大橋が絡んでくるオキナワの肩を軽く押し退けようと手を伸ばしたとき、「痛ってぇ〜!!」とその手が触れる前に大袈裟に転げた。


「こりゃあムチ打ちかなぁ〜〜全治3カ月だ」

「お前…!恐喝する気か?!」

「ゆするなんてとんでもない。…一緒に坂道転がり落ちてくれる奴探してたんだ



そんな修羅場で北野はというと、まだ立ち小便が続いてる。かれこれ2、3分は出っ放しだろうか・・・いくらなんでも長くないか…?とその場にいた全員(客席含む)がザワザワし始めたタイミング。

「止まらないんですかぁ?!」
間が絶妙なお付きの女性の声掛けでやっと切り上げる北野。


「そりゃあ随分と手口がチンピラすぎやしないか〜オキナワ」
脅しにも屈せず、落ち着いた様子だ。

「こんなもんじゃねぇよ。まだデカいネタ用意してんだ。…これ持って自首してやろうか?」
そう言いながら胸ポケットから取り出したのは、透明の小袋に入った白い粉。


「おま…っまさかそれ…!」
慌てて袋を奪い取った大橋が恐る恐る中身を吸って確認し、だんだんと青ざめた。


「思ったよりずっとチンピラでびびったろ?あの演歌の重鎮・北野波平の元弟子が覚せい剤所持!…なんて知れたら、世間はどう思うだろうなぁ?」

「勝手に捕まってろ!!!先生がお前と無関係なことなんてすぐに分かるわ!!!」
憤る大橋だったが、オキナワは怯まない。


「事実はどうであれ!週刊誌は飛びつくぞ〜?」

「〜〜っそんなスキャンダル…いくらでも逆手にとってやるわ!!先生はなぁ!過去に愛人3人と全裸で賭け麻雀してたのを撮られたときだって…!!!!」

「大橋〜!」
北野は暴走し出す大橋を制すると、依然として臆せずこう提案した。


「よぅし!オキナワ、家へ来い。そこでゆっくり話そうじゃねぇか」
オキナワが持っていた物騒な角材をひょいと取り上げると、そのままゴルフのフォームを確認し始める。


「…臨むところだよ」


「じゃあ、決まりだな。よっと」
そのままスウィングすると、満足げに下手側の方へ歩いていく。

\入れ〜〜〜っ/お付きの女性陣がキャディのように声を掛けると、舞台裏に行く直前、嬉しそうに「入ったっ?」と訊くお茶目な北野。(東京公演前半までは\ナイッショ〜〜〜〜〜ッ/でした。)


その後に続いて、オキナワは殺気立った表情で歩き出す。皆翻弄されながらも、北野を追いかけていくのであった。






ここでセット転換。
舞台正面にはコージたちのアパートが現れる。中は真っ暗で、外は雨が降っているようだ。僅かな夜の光が窓から入っている。部屋にはテレサが1人、ぼんやりと正面を見て座っていた。そこへレッスンの帰りであろうか、少し疲れた様子のコージが帰宅してきた。靴を脱ぎ、着ていた背広を壁に掛ける。



「あれ…いたの?なんで電気つけないの?」

「暗いままでいいよ」

「どした…?なんかあった?」
自分が疲れた素振りは見せず、沈んだ声のテレサに心配そうに問うコージ。

「なんで?」

「暗い顔…してるから」
優しい声で話し、ちゃぶ台を挟んでテレサの向かい側に正座する。お互い客席側を向いているため、顔を見合わせてはいない。


「見えてないでしょう…?」

「声で分かるよ……」

「………。コージも、なにかあった…?」

「おらは…なんもねぇよ……」
コージはずっと、微笑みながら話している。



しばらく沈黙の後、テレサが重い口を開いた。


「…なんで抱かない?」


「抱くって…なにを?」


「私を」


「だ…っ、だっておかしいべ?オキナワもいるのに…」
突然の問いかけに戸惑ったように、頭を掻いて照れ笑いを浮かべる。


「もういないよ」
テレサは笑わない。コージも何か言いたげだが、どうにも言葉が出てこない様子。


再び2人の間に沈黙が流れる。



「そう…」
諦めて呟くと立ち上がり、冷蔵庫の方へ向かうテレサ。中から缶ビールを取り出し、コージに背を向けたまま静かに飲み始める。



するとコージは決心したように急に立ち上がった。
慌ただしく音を立てながら、ドタバタとYシャツとズボンを脱ぎ捨てる。白いタンクトップとトランクス、靴下のみになったコージは、足早にテレサの背後に回った。テレサはそんな気配を感じて振り返ると、驚いてビールをこぼしそうになる。勢いに任せて押し倒そうとするコージを焦って止めた。


「ちょっと待って待って待って…こぼれちゃう…こぼれちゃう………から!」
缶ビールをシンクに置くと自ら布団の方へ行き、「…から!」の部分でバフッと思いっきり仰向けになる。(準備万端でかわいい)



コージはそんなテレサに跨がり馬乗りの体勢をとる。そして静かに見つめ合い、初めてのキスをした。テレサの上半身だけ起こし、おぼつかない手でワンピースのボタンを外していく。「大丈夫、自分でやるから…」肌着だけになりコージに身を任せるテレサをゆっくりと押し倒した後、また口づけを交わすと、そのまま胸に顔を埋めた。月明かりに照らされた2人の姿と吐息だけが聞こえる空間。


\1万円!/ \1万2千円!/ \1万5千800円!/


行為の最中、突然コージは頭を抱える。
不穏な紫色のプロジェクションマッピングで、部屋の壁一面にでかでかとストリップ小屋でテレサを競っていた男たちの顔が映し出された。あのとき飛び交っていた競りの声もフラッシュバックしている。この光景はコージの頭の中だ。脳裏にこびりついた忌まわしい記憶に支配されている。


コージは堪らず跳ね起きるとテレサから離れ、ちゃぶ台の向こうに座り込んでしまった。突然の行動に驚いたテレサだったが、コージの様子を見て何かを悟る。


「…私、汚い?売春婦のカラダは汚くてイヤ?それでずっと抱けなかった?」

何も言ってあげられないコージ。顔も見れないまま正座で俯いている。

「黙っちゃった…」
拗ねるように背を向け、布団に横たわる。

「………嫌なんてことは絶対にねぇ!!」

「でも、勃たない…!」
思わず起き上がり、咄嗟に叫んでしまうテレサ

「……………」

「…いや、いいんだよ…コージはデリケート、だから…頭の中に浮かぶよね。私が、どんな仕事してきたか……」
自分を責めるように優しく微笑んでみせるテレサに、コージは奥歯を軋ませる。



「情けねぇ…こんなに自分のチンポ情けねぇと思ったことはねぇ…だって、すっげぇ抱きたいんだ、おめぇを…!」

悔しそうに立ち上がると、何を思ったか拳を振り上げた。
「うっ…うっ…この野郎…言うこときけ…!!!!」もどかしそうに言ったかと思えば、その拳で自分の局部を力一杯殴るコージ。


「コージ?!!」
うずくまるコージに口を覆って驚くテレサ


「抱けっから…!!!チンポがなくても、抱けっから。今だけじゃねぇ。おめぇの過去も未来も、なんもかんも抱くから…!!抱けっから!!!


「コージ……」


電車が通る音。
2人は目線を通わせながらゆっくりと近づき、互いの体に手を伸ばした。静かに熱い口づけをする。そっとテレサを布団に押し倒すコージの姿を最後に、だんだんと暗闇に包まれていく。そして雨音と優しいピアノの音色と共に、1日が終わった。






明転すると、場面は翌朝。
布団には下着姿で気持ち良さそうに眠っているコージの姿があったが、何故かテレサがいない。代わりに部屋の中にいたのが、警察官2人。「あそこはおろしが美味いんだよ」『へぇおろしが?』「カツが美味い店はあるんだけど、おろしまで美味いってのはあれだな、名店の証拠だな」『へぇ〜』などとローテンションでぼそぼそと世間話をしている。名店を語る警察官の方はちゃぶ台の上に腰掛けてすっかりくつろいでいる。


やがて目を覚ますコージ。

「あ、起きた」


最初こそぼーっとして寝ぼけた様子だったが、警察官たちを認識するとビクッと後ずさりし布団で体を隠した。

「な、なんだあんたら?!」
「あの、私たちはテレサさんに呼ばれて…」
テレサ……?テレサは?!」
名前を聞いた途端、ハッとして辺りを見回す。いない。テレサの姿がない。起きがけの頭なので一層大パニックに陥り慌てふためくコージ、なだめようとする警察官たちの声は聞こえていない。


そこにちょうどテレサが帰ってきた。


テレサ…!!!逃げろ!!!逃げろ!!!!」
姿が見えると飛びかかりそうになりながら叫び、2人がかりで止められる。



「逃げろ!!!逃げ…っ」

「コージ、コージ!私が呼んだの!

「……へ?」

「自分で呼んだの」



警察官たちは暴れ馬をどーどーとなだめるように、あくまでも穏やかに言った。

テレサさんね、出入国違反で強制送還だから。このお嬢さんのおかげで、我々は君のこと知らないことになってるから。安心して」


力がみるみる抜け、その場にへたり込むコージ。

「…これ、お米と缶詰。あとレトルトカレー買ってきたから…食べて」
手に持っていたビニール袋を掲げたテレサは、それぞれを棚に移しながら落ち着いた様子で言う。



「わ…分かんねぇよ…なにこれ…」

「ここにいても、コージに迷惑かけるだけだから」
それだけ言うと警察官を促し、一緒に部屋を出ようとする。コージは泣きそうになりながら必死にテレサに詰め寄った。



「迷惑って…なにが迷惑よ?!どんな迷惑がかかるのよ?!迷惑だっていいよ…テレサの良いも悪いも全部しょうつもりで…!」


それがダメなの!!コージが私のために何かするとこ、見たくないの…コージは、自分のためだけに生きて」

ガクンと膝をつき言葉を失うコージを見て、テレサは首から掛けていた十字架のネックレスを外す。コージの手をとり、自分の両手で包み込むように握らせた。



「ありがとう。昨日のことは、いい思い出になったね…」
フッと微笑みかけネックレスを握る手にキスを落とすと、警察官に連れられ部屋を出ていってしまった。テレサはきっと、コージに抱かれても抱かれなくても、今日出ていこうと決めていたのだと思う…

しばらく膝をついたまま呆然と固まるコージ。


テレサ……」
十字架を見つめて呟き、急に我に返ったように立ち上がった。


テレサテレサ…!テレサ!」
下着姿のまま玄関を一目散に飛び出すと、扉の向こうから警察官たちの「おい、コラ!」という声がした。その直後外から扉が開く。コージが無理矢理テレサの腕をとって部屋まで連れ戻してきたのだ。確かに、ストリップ小屋で助平からテレサを救い出したときはその方法で事態は良い方向に変わった。でも今回は…



「待って、コージ!落ち着いて!」

「落ち着けねぇべしゃ!!」

「この顔!!!」
コージに掴まれていない方の手で真剣に自分の顔を指差す。そして涙目でにっこり微笑みかけた。


「コージがこの先、もし私のことを思い出してくれることがあったら、この笑顔で思い出してほしい。悲しい顔は、忘れてほしい」


コージの頬にキスをすると、そっと手を離した。
あっ…と手を伸ばすコージだったが、テレサは扉が開いたままの玄関から姿を消した。膝をついてうな垂れるコージの背中が華奢で切ない。すると、外から壁を数回叩く音。コージが驚いて顔を上げると、そこにはひょこっと顔だけ覗かせるテレサがいた。


「コージ、売れてね。立派な歌手になってけろだ」


いつもの笑顔を向けると、今度こそ本当に去っていってしまった。
テレサァ…!」諦めきれず追いかけるコージだったが、先に警察官たちに捕まる。部屋まで引き戻されても尚名前を呼び続けて暴れるコージに、警察官は仕方なくみぞおちを殴った。コージがウッ…とうずくまり倒れたのを確認すると、静かにその場を立ち去る。アパートにはコージだけが取り残された。



「うぅ…ううっ…」
布団でうずくまる体勢から、辛そうに震えて仰向けになる。顔を手で覆って嗚咽する姿が可哀相でとても目が当てられない…そしてコージの気持ちを助長するように『引越しをするなら教えてよ(What's Love?)』のイントロが鳴り響いた。


「くすみ…かけた…この部屋で……過ごす…時は…終わり…」


コージは寝そべりながら悲痛な叫びに近い感情を歌に乗せる。涙で声を詰まらせ、度々しゃくり上げながら。力が、熱が、薄い体とガリガリな手脚も相まって痛々しいほどにどんどんこもっていく。涙でぐしゃぐしゃなコージの姿は、今まで気を張って守ってきた代償全ての犠牲になったようだった。沸々と血がたぎっていて、今のコージにはとても近づけないという危機感を覚えるほど、本当に凄まじかった。この全身を削るような歌と釣り合う言葉をわたしは知らない。

「思っていることが上手く言葉にできなくて、やっと喉から出てきてみたら、歌になっちゃったんじゃないか?生き辛いだろう?そんなんじゃ…」
そんな大野が言っていたことをまさに目撃している気分でした。演技の途中で急に歌い出すいわゆる“ミュージカルらしいこと”に違和感を覚える人っていると思うのですが、この場面はむしろ、歌うことでより感情がストレートに刺さってくる大事な歌の場面だったように感じます。台詞とか歌とかいう境目がない。理屈じゃなく、コージの想いが言葉を越えて溢れた歌唱でした。



「引越しをーーするならーー教えてよーーー……どんなーー遠くへ、離れてもーー今は…角ーがー立ーつことも…後で話せる…時が来るだろう………」



歌い上げると、再び嗚咽を漏らして泣き出すコージ。曲の演奏はそのままに震えるコージがだんだんと消えゆき、舞台は暗闇に包まれていった。完全に暗転してからもしばらくは音楽だけが鳴り響いている。







明転すると、場面はレッスンスタジオ。
『引越しをするなら教えてよ』の音楽がナホ先生のピアノ伴奏に変わる。そこには白い爽やかなシャツを纏ってマイクを持つコージの姿もあった。隣には壁にもたれ掛かってやる気のなさそうな行代の姿も。大袈裟なピアノパフォーマンスの後、ナホ先生は感激したようにコージに拍手を送る。

「いいよ〜コージ君!すっごく良くなった!マル!マル!白鶴〜〜…?」
「……マル?」
「そぉ〜〜!…白鶴〜?」
マル〜〜〜♪」
2人で頭の上で大きく丸を作って楽しそうにじゃれている。
(ここもアレンジ箇所で「武蔵〜?」「マル!」やら「おじゃる〜」「マル!」やら各回のお楽しみ。)



「それにしてもさ〜、コージ君、変わったよねぇ〜」
少しトーンを落としてナホ先生が言う。

「そうかな〜?そーだといいんだけどサ〜」

「すっかり訛りもとれちゃって!」

あれだけ頑なに直さなかった訛りを封印し、スカした標準語でまるで別人のようなコージ。

「より多くの人に伝えるには、訛りなんて余計なものだからね。…もー、行代さんも。ちゃんと練習してくださいよ!」

「…二日酔いなの」
コージが注意しに近づくとだるそうに吐き捨てた。「うわ…!酒くさ…」顔をしかめながらにおいを手で払う。やる気のない行代を見かねて、ナホ先生はハッと思い出したように壁に掛かっていたコージの新しいスーツを持ち出した。

「あっ!これ見て〜麻よ、麻〜〜〜hemp!!ねぇ見せたって〜♡これ着て見せたって〜♡」
そう言いながらコージに袖を通させる。コージもこなれた身のこなしで白ベージュのスーツを着てみせた。

「わーすっごぉい!カッコイイ〜〜!!どっからどう見ても都会人だね!オメガトライブみたぁい!!」
褒めちぎるナホ先生と満更でもなさそうなコージ。



「偉いよね〜コージ君。一所懸命変わったんだもん」

ナホ先生が感慨深そうに呟くと、行代はその空気を無視するように皮肉っぽく問いかけた。

「ねぇ!歌い方も変えたー?」

「あっ分かっちゃった?♬引越しをーするならー教えてよ…
一節歌ってみせるのだが、歌い方もクセ一つなくコージらしさを一切感じないスタイリッシュなものに変わっていた。美声なことには変わりないのだが、もはや誰?というレベルである。

「アタシは前の方が好きだったなーー!…ねぇ、なんかあった?」
(大阪公演途中からは『引越しをするなら教えてよ』のサビを替え歌して♬前の〜背広は〜どうしたの〜と歌う行代。)


「…背負うもんがなくなって、身軽になっただけです」
笑顔を作りながらあくまでも晴れやかに答えるコージ。

「それ…最近女と別れた男が言いそうな台詞だね〜」
ナホ先生はふわふわしてるように見えて、勘が鋭い。

「ハハッ…なに言ってるんですか」

「ううん!!いいの!!!むしろそっちの方がいいの!!!!!」
突然鼻息荒く肩を掴まれ、少し怖じ気ずくコージ。行代に「才原ちゃん!」と注意されると、「テヘ♡」とかわいく反省しながら離れた。



すると、そこへ戌亥がやってきた。
「おーぅ、やってるか〜」
だるそうに階段を上ってスタジオ入りした途端、コージとナホ先生は酒くささに顔をしかめる。どうやら行代が飲んでいた相手は戌亥だったようで、同じく二日酔いな様子。

「戌亥さん!行代さんがちゃんと練習してくれないんです!」
コージは告げ口をする小学生のように行代を指差す。

「練習が必要な歌じゃねぇだろ」

「えっ…」
戌亥の本音が漏れたのだろう。冷たく突き放された。

「出前とるか〜経費で落とせっから。えぇとメニューはこっちかな〜っと……」
戌亥は二日酔いで重たそうな体で立ち上がると、ふらふらとスタジオの外へ出ていく。「あっ内線ありますよー?!」ナホ先生が呼び掛けたが、もう行ってしまった。コージは先程の戌亥の言葉が気がかりなようだ。



「ねぇ、どんなデビュー想像してた?」
黙って見物していた行代が意地悪そうに問う。


「期待してたのと違った?いいの?これで」

「デビューはデビューです。良いも悪いもないです…」

「アンタ、アタシの踏み台なんだってさ。一発当たったらコンビは解消。戌亥はそういう算段だよ。ねぇ、踏み台になるってどんな気持ち?」

コージはギュッと両拳を握りしめ、体に力が入る。

「……踏んづけられるのはいつものことだべ。それでも、行く道行くしかねぇ…!って…気持ちです」


「………。訛ってるよ」


「ま…まぁ恵まれたデビューができるのは、ほんの一握りの人だけだからねっ!」
静まり返った空気を変えるため明るく振る舞うナホ先生。

「行代ちゃんはっ?どんなデビューだったの??」

「…」
行代は下を向いて数拍間を空けた後、自分のスイッチをONにしたような笑顔で前を向いた。


「福岡県出身、寺泊行代です!好きな色はピンク!好きな食べ物はプ〜リンです!将来の夢は、ふわっふわの雲に乗って世界一周旅行をすることです☆」

慣れた様子の快活な口調で身振り手振り表現すると、コージと一緒だったコンテストの自己紹介のときと同じポーズをシャキーン!と決めた。突然アイドルモードに入った行代に驚き、ぽかんと固まるコージとナホ先生。

「…………はぁ」
しかしアイドルモードはほんの一瞬で、どっと疲れたように肩を落とした。


「…デビュー当時の自己紹介かな?」努めて明るく声を掛けるナホ先生。
「5歳の頃から考えてたの。コタツの上に立って何度も何度も練習してさぁ…」
昔の記憶を呼び覚ますようにほんのり笑みが浮かぶ
「でもすごいじゃない!コタツの上からレコ大のステージまで上り詰めたんだから…!」
「…そして今は、特設会場という名の駐車場で歌っていまーっす☆」
お馴染みのポーズをシャキーン!と決めながらも、自虐的で投げやりだ。

「でも俺…歌ってるときの行代さんは好きですよ…!こう…パァ〜〜ッと光ってる感じがして……」
コージはステージに立つ行代の姿を想像しながら瞳を輝かせる。

「『歌ってるとき“は”〜』だって〜!ハンッ」
自嘲気味に笑う行代に揚げ足をとられ、コージの顔がみるみる焦っていく。

「いや…っあの!これはそういう意味じゃなくて…!えと…あの…」
決して嫌味を言いたかったわけではないためあたふた弁解しようとするが、上手い言葉が出てこない。もどかしそうに頭を掻きむしるコージを見つめながら行代はしみじみと呟いた。


「ほんと…隙間だらけだね」


「…へ?」
意味が理解できていないコージにニッと笑いかけて近づく。
「やれやれ!アタシも本気出さなきゃ、って気になってきちゃったよ!…よろしく、相棒」
行代は片手を差し出す。
「はい……!」
2人は初めて和解をし、固い握手を交わした。

「や〜〜〜ん!ガンバローねぇーーーっ!」
その変化に誰よりも嬉しそうに拍手して喜ぶナホ先生。その勢いに押されつつスタジオを後にするコージ。1人スタジオに取り残された行代はしばらく柵に手をかけ、何かを考えふけるように黙ってどこかを見つめている。そんなスタジオの階段の下に下手側からゆっくりと拘置所のセットが現れた。スタジオのセットがある階段の上が暗くなってから、行代もスタジオを後にする。場面はテレサのいる拘置所へ・・・





打ちっ放しの壁に囲まれたテレサは1人パイプ椅子に座らされている。
そこに2人の男性刑事が話しながら歩いてきた。

「供述と踊り子の人数が違うんスよね〜…」
「それはお前あれだろ、仲間を庇いたかっただけだろ?」
「あ〜。そういうもんっスかねぇ…?」

これからテレサの取り調べが行われるようだ。刑事たちが部屋に入ってきた。
「すいませんねぇ〜何度も何度も。せっかく自首してくれたのに…」
「いえ…」
「これじゃあ何のために自首したのかってねぇ?」口が軽そうな後輩刑事を「おい!」と咎める先輩刑事。
テレサさんの供述のおかげで、密入国ブローカーの壊滅まであと一歩なんです!本日もご協力、よろしくお願いします!」
明るく言われ、テレサはヘコ…と力無さげに頭を下げた。





再び場面は変わる。
とある和室の一室にはオキナワの姿があった。上手サイドの壁に『北野邸 地下牢』という補足説明の文字がプロジェクションマッピングで映し出される。


決して広くない檻のような部屋に1人、何をするわけでもなく客席に背を向け胡座をかいて座っている。その外からハイヒールで床を鳴らす音が聞こえ、廊下を北野のお付きの女性陣3人が1列になって歩いてきた。
先頭の女が持っていたほうきで乱暴にノックをする。「お夕飯ですぅ〜!」オキナワはビクッとなって振り向くと、壁の僅かな隙間から丼を渡された。対してオキナワも昼に食べ終わったであろう空の器を渡しながら言う。

「なぁ。いつまでこんなとこに閉じ込める気だよ?北野の奴は何してんだ?言っとくけど、これも立派な監禁だぞ?」

「先に恐喝してきたのはそっちでしょう!」

「いいから早く北野を呼んでくれよ!」

「先生は地方公演中でいらっしゃらないんです!」

「〜〜〜っ」
イライラするオキナワの頭上から、ほうきが投げ込まれた。再びビクッと体を揺らす。

「これは北野先生からです。ご自分の部屋ぐらい、ご自分で掃除なさってください!」
それだけ言い残すと、お付きたちはオーッホッホッホ!と高笑いをしながら嵐のごとく去っていった。そのド迫力に思わず怯むオキナワ。畳に転がったほうきを拾い上げると、しばらく見つめる。

「誰が掃除なんかするかよ!」
ムッとして吐き捨てた直後、ほうきを持ち直してお茶目に言った。


「……とはいえ、暇だからやっちゃうよぉ〜」





大人しく部屋にほうきをかけるオキナワを乗せる地下牢のセットが上手側に流れていき、場面は変わる。下手側からは座敷スタイルの料亭のセットが流れてきた。

豪華な料理とテーブルを囲むのはコージと行代。そして新たな登場人物・戌亥とスポンサー契約を結んだ引越し会社の社長とその愛人だ。
(社長の隣に座るオツム弱子は社長の娘といってもおかしくない程年齢が離れていましたが、脚本・演出の福原さんによると彼女は愛人とのこと。)



\ワーッショイ!ワーッショイ!ワーッショイ!/

下手側から大勢の雄々しい掛け声が聞こえてきた。やってきたのは束になった引越し会社の社員と、その社員たちに胴上げされている戌亥。掛け声に合わせてその場にいる全員が笑顔を浮かべて手拍子をする。戌亥は最後にポーーンと高く上げられやっと下ろされると、少々ふらつきながら座敷に向かった。

「どうだね?胴上げは初めて?」
「いや〜!初めてです!気持ち良かった〜」ニタニタと笑っている社長に訊かれると、戌亥も愛想良く答える。ここは大事な接待の場だ。「おいコージ!お前もやってもらったらどうだ?」
「いや…僕は…」コージは笑顔を作りつつ控えめに断った。ずっと正座を崩していない。


社長の隣の行代はにこやかに笑いかけながらお酌をする。
「憧れの行代ちゃんにお酌してもらう日が来るなんて…仕事頑張ってきて良かったー!!!」
「そんなぁ〜!」
社長は腕を目に当て、クゥゥ…と泣く仕草をしながら話し始めた。


「俺はよぅ…父親が一代で築き上げてきた会社を継いでよぅ…トンビがスズメ産んだ、って散々馬鹿にされて…それでもこうして何とかやってきたんだ…」

コージは真剣に、行代も深く頷いて話を聞き進める。


「一時も団地ブームでさぁ…その頃引越しするのなんて、新婚の夫婦ばっかりだからねぇぇ?!エレベーターなんてないからねぇぇ?!それでも花嫁道具の桐ダンスを背負って階段を一歩!」
\一歩!!/
「階段をもう一歩!」
\もう一歩!!/
「うんとこしょ!」
\どっこいしょ!!/

社員たちは座敷から外れた床に綺麗に並んで正座をし、社長の言うことにぴったり揃った合いの手を威勢良く挟む。何かの宗教団体のような異様さだ。


「……そうやってコツコツとやってきて、今じゃ憧れの行代ちゃんにCDを出してあげられるようにまでなりました!」

\(パチパチパチパチ〜!!)/

「ありがとうございまーす」
「これもひとえに社長のおかげでございます…CMタイアップの方何卒…」
戌亥がゴマをすりながら改めて挨拶をしようとすると、社長はこう言い放った。


「歌詞が良くないね。いきなり『くすみかけた…』ってさぁ、暗いよ〜!」

「しかしあのぉ…CMで使われるのはサビの部分だけですので…」
突然文句をつけ出す社長にタジタジになりながらも、必死にフォローに回る戌亥。雲行きが怪しくなってくる。

「それにデュエットってさ〜」

「行代も歌が得意な方ではありませんので〜…そこを補うという形でですね…」

「野郎のパートが多すぎる」

「コージがメインなのは1番だけで、2番は2人の掛け合いになりまして、3番が行代のソロとなっております〜…」
どんどん不機嫌そうになっていく社長に空気がピリつく。どうやら社長はコージのことが気に入らないようだ。コージも正座のまま気まずそうに俯き気味になってしまう。


「ねぇ、あの子、ほんとに要るの?なんか地味だしさぁ」
じと〜っとコージを見て指差した。わざとコージにも聞こえるように戌亥に向かって言うと、悪い顔をして笑みを漏らす。名前を呼ばないだけでなく、すぐ傍にいるのに“この子”ではなく“あの子”と呼ぶところに刺がある。まるでこの場にコージが存在しないような口ぶりをする社長の意地の悪さ…。コージの表情も強張ってくる。


「行代の歌唱力をカバーするような形ですので…そちらは今後の課題ということで…はい…。おい、コージ!社長にお酌して差し上げろ!」

「…は、はい」
戌亥に促されると強張った笑顔で立ち上がり、社長の左隣に腰を下ろす。

「では、失礼しま…」
お酌しようとしたその瞬間、なんと社長は座ったままいきなりコージの右頬をグーで殴った。後ろに転がり唖然とするコージと凍りつく一同。



「ぷっはっはっはっはっはっは!!!」
1テンポ後に社長と愛人が噴き出した。腹を抱えながら爆笑する。

「ちゃんとリアクションしてくれないとさ〜!こっちが弱い者イジメしてるみたいになっちゃうじゃ〜ん!」
とんだ横暴だが、コージは戸惑いながらも一生懸命笑顔を作る。

「それもですね…っ今後の課題ということ…でっ!」
咄嗟に戌亥が庇いに入ると、今度は真顔で戌亥の頬をグーで殴った。一瞬固まった後、体勢をじりじりと戻しながら「マダミア〜〜〜〜ン♡」とギャグで応える。その反応に社長と愛人はヒーヒー言いながら満足げに笑った。


「戌亥さんはさすがだよ〜!はぁ〜〜〜〜……よし、着ぐるみでいこうか!」
ひとしきり大笑いすると、ケロッと普通のテンションになってそう提案した。

「…え?えっとそれは…」

「うちのマスコットキャラクターにカブトムシのブット君ってのがいるんだよ」
「ブットぉ!♡」
愛人も合いの手を挟む。(役名どおりオツム弱子っぽい…)

「野郎にはそれ着て歌ってもらおうか」


「………コージ、どうだ?」
不安そうにコージの顔色を窺う戌亥。


コージは今出来る精一杯の笑顔を貼り付けて言った。
「なんでも、…やらせていただきます!」

「おっおーそうかそうか!良かった良かった!」
戌亥はほっと胸を撫で下ろす。



「…ま、いいでしょ〜メインはCDじゃなくて写真集なんだから」

またもや社長が余計なことをポロッと漏らす。その言葉が引っかかったコージ。
「あの…写真集って…?」
小声で戌亥に問う。
「それは行代の話だからよ、お前はCDだけで我慢しろ」
「……?」
軽くあしらわれたが、怪訝そうな顔を浮かべる。

「あたしも写真集出したぁーい!」愛人がねだる。
「だって君、脱げないでしょ〜?」
「当たり前じゃ〜ん。脱いだら終わりだもん
愛人は行代の方を見据えると、若さだけを武器に小馬鹿にしたように言った。


「ちょっと待ってください、なんなんですかさっきから…脱ぐとか脱がないとか…」
コージは不信感を露にし、更に戌亥に詰め寄る。

「だから、お前には関係ないって言ってるだろ…!」
「関係なくないです!誰が脱ぐんですか!」
思わず声が大きくなるコージ。
「うるせぇなぁ!静かにしてろって!」


「…ちょっと、どうしちゃったのこの子?なんか不機嫌になっちゃったみたいだけど」
コージの異変に気づき、嫌な顔をする社長。すると愛人が急に立ち上がって大声を出した。

「あーーーーっ!!あたし分かっちゃった!」
ニタァ…と笑うと行代とコージの顔を交互に見て、2人が関係を持っているのではないかと目線で訴える。
「…えっなに?!そういうこと?!!君たち、付き合ってんの?!」
オツム弱子の的外れの推理に惑わされ、目を見開いて驚く社長。コージはいやいや…と首を振り、行代も「そんなわけないじゃないですか〜!」と明るく否定したが、社長はもう思い込んでしまったようだ。分かりやすくイライラし始める。



「こーゆーのってさ、恩を売ってあわよくば芸能人と寝れちゃうかも…っていう夢が見たくてやってんだよ?金で落とせそうな落ち目の芸能人って必死に考えて、それでやっと選んだのが行代ちゃんなわけなんだからさ〜…」



「何言ってんだベアンタ!!!!!」




声を荒げたのは行代本人でも戌亥でもなく、コージだった。勢いよく立ち上がり、怒りで体を震わせる。「アタシがいいって言ってんだから!アンタは黙ってて!」行代は止めるが、コージの怒りは収まらない。


「本当にいいんですか…」

「何大袈裟にしてんのよ。いいに決まってんでしょ」

「本気出すって言ったじゃないですか!」

「だから本気出したんじゃない!」

「本気ってこういうことですか!」

「おいお前ら…!社長の前だぞ!!」

「こんな男のために脱ぐのが、行代さんの行く道ですか!!」

「…あれ?今俺侮辱された?侮辱されたよね?!おまえら!担ぎ上げろ!!」
社長が言うと、宗教くさい社員たちが一斉に戦闘態勢になって立ち上がった。だがコージは目もくれない。わぁっと束になった社員たちに担ぎ上げて連れていかれそうになるコージだったが、自力で体を起こして騎馬戦の主将のようなマウントをとる。

「大体、アンタ(戊亥)が止める話じゃないんですか!惚れた女でしょう?!行代さんがやるって言っても、アンタが止めるのが筋でしょう!!」
コージの勢いに押され、担がれていた体勢が崩れてそのまま地面に下ろされた。

「コージ!それは(言うな)…!」

「ほ、ほ、惚れた女ァ?!!」

「社長…!これは何かの間違いで…」動揺する社長に必死に弁解しようとする戌亥。

「困るよー…そーゆーのナシにしてって言ったじゃーん…」うな垂れる社長。

「それが行代さんのやりたいことなら何にも言いません!それが5歳の頃からコタツの上で見てた夢なら邪魔しねぇべ…!!!

「じゃあ言うけど、あんな歌売れないよ!!」

\えええ…/それ言う?とでも言いたげに肩を落とす引越し屋たち。

「じゃあ次また頑張りましょう、でいいじゃないですか!!なんでヌードなんですか?!」

「…お前は何にも分かってねぇな……今世間はヘアヌードが解禁されたばっかりで波が来てんだよ!!」

「流行り廃りの話はしてねぇっすよ!!!惚れた腫れたの話でしょ!!!!」

惚れてるからやってんだよ!!!!惚れた女だから…必死に魔法かけてやってんだ…コイツのために……」
戌亥の声が沈む。

「……え?」


「…綺麗にお化粧してもらって、キラキラした服着て、満員の客席でチヤホヤされて……魔法の時間でしょう?田舎から来た女の子が魔法をかけられて20数年、時計の針が12時回っても輝き続けるためにはさぁ!ヘア(ヌード)のひとつも出さなきゃいけないわけ!!!


それまでずっと平静を保っていた行代がダンッ!!!と勢いよくテーブルに片足を乗り上げて凄んだ。「フッ」と嘲笑う愛人のことも睨みつける。


「…本当に魔法なら、そんな必要ないでしょう?!」


「じゃあ呪いだな」
戌亥が落ち着いたトーンで言う。

「ははっ…そうねぇ〜!いくつになってもスポットライトを浴びなきゃ生きられない呪い。…そういう呪いにかかっちゃったの」


「夢見る…呪いだよ」

その言葉をキッカケにムーディーな音楽と照明が当たり、見つめ合う戌亥と行代。スポットライトに照らさせる姿は、並々ならない覚悟を互いに持つ者同士、身を寄せ合う2人だけの空間のようになった。



「こっちは呪われる覚悟でやってんだ!!!着ぐるみひとつで奥歯噛み締めてるような奴に、邪魔されたくねぇんだよ!!!!」
2人が同時にコージを睨みつける。コージは何も言えなくなった。戌亥らの肝の据わり方を見れば、当たり前だろう。

「…ということで社長、何卒、よろしくお願いしますぅ…!」
コロッとゴマすりモードに切り替えて社長に取り入る戌亥に合わせ、行代も頭を下げる。コージも遅れて頭を下げた。


「むむむ無理だよねぇ?!付き合ってる奴らのために金出せるわけないでしょう?!!〜〜〜っ…帰るぞお前ら!」
\ハイ!!!/

返事をすると社員たちは組体操の大技ように体勢を組み、お怒りモードの社長を乗せて\せーっの!/と担ぎ上げた。
(この壮大な組体操は引越し屋の大型トラックを表しており、先頭で腰を少し曲げてハンドルを握るポーズをする運転係がいたり「ブォーン!」と発進音が鳴ったり、小道具に頼らず人だけでトラックを表現していました。斬新!)


「社長!この度は大変お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした!」
「社長!待ってください!何卒お願いします!」
2人は土下座をして引き止めたが、「一生呪われてろよ!!!」と社長が吐き捨て引越し屋たちは行ってしまった。
コージはというと、何も言えず何も出来ず、もどかしそうに頭を掻きむしっているだけだった。やがてエンジン音も遠のき、静けさが押し寄せる。辺りの照明が暗くなり、取り残された3人だけを悲しげに照らした。


「…あの、おら……」
コージはやっとの思いで罪悪感に包まれた声を掛ける。戌亥はのらりと立ち上がるとコージを見つめた。そして「クッ…」と悔しそうに声を漏らした後、その場から立ち去っていく。行代はコージには目をくれず、怒りとも悲しみとも分からない表情で立ち上がると、戌亥に続いて去ろうとする。その直前立ち止まると、溢れそうな感情を押し殺し、強い口調ではっきりとこう告げた。



「アンタさぁ…!踏み台にすら、なれないんだね」



コージの方を振り返って睨みつけると、その場から消えた。
とうとうコージの周りには誰もいなくなってしまった。ただ1人顔をぐしゃぐしゃにして静かに声を出して泣いている姿だけがぼんやりと照らされる。そしてコージは泣き叫ぶと、一心不乱にどこかへ駆け出した。



先程の引越し屋のトラックが道路を走っている。
全速力で走り出てきたコージはトラックの前に立ちはだかり、半ば事故を起こして無理矢理社長を引きずり降ろした。(社員たちはバラバラに離れ、組体操で形成していたトラックが崩れる)驚く社長をよそに、思い切り殴って暴れ始めたのだ。止めようと間に入る社員たちのことも殴る蹴るで振り払う。大乱闘で入り乱れる中、幕が下りていくと共にセットが奥へとフェードアウトしていき、場面が変わる。






場所は北野邸の地下牢。
中にはやはり暇そうなオキナワが1人。畳の上で胡座をかきながらほうきをギターに見立て、鼻歌を歌っている。(後の俺節
その外の廊下には、北野が歩く姿があった。オキナワの部屋の前まで来ると、静かにその鼻歌に聞き耳を立てている。


「良い歌じゃねぇか」
一通り聴いてみた後、北野がやっと声を掛けた。

「あっおい!早くこっから出してくれよ!」
慌てて扉の隙間から顔を出して懇願する。


「恐喝犯を外に出すわけにはいかねぇな〜…だが、一人前の作曲家なら、話は別だ。どうだ、俺のとこで曲書いてみないか?」

「なに言ってんだか…」

「ギターは好きか?」

「ああん?」

「ほうきをギターにしてしまうぐらいギターは好きか?と聞いてるんだ」
北野に言われ、ハッとしたように持っていたほうきを畳に投げ捨てる。

「そろそろ自分がどういう人間か分かったか」

「…」


何もすることがないこの座敷牢の中で、だが何をしてもいいこの座敷牢の中で、お前がしたのは歌を作ることだった…!


「暇すぎたんだよ!」


「お前は歌を作る人間だ!恐喝犯なんかじゃない!」
北野は声高々に叫んだ。一瞬場が静かになる。


「もしかして……それ言うためにわざわざ1カ月も監禁してたのかよ?!どんなおせっかいだよ!!」

「もうひと月か…。お前俺を誰だと思ってる?!」

「北野波平だろ?!」

青函トンネルの北の入口、北海道上磯郡知内町の出身でございます、歌に真心をー…」

「知ってるよ!!」

「そんな演歌の王様・北野波平は、貴様のような負け犬を見捨てない!何故なら貴様のような人間のために、演歌はあるからだ。もしここで俺が貴様を見捨てたら、俺には演歌を歌う資格がない…!」

「貴様貴様って……」

「おおおオキナワァ〜!おお俺は嬉しいんだよおお!お前が〜〜そのぉ〜〜〜〜あああああ!」
言葉を詰まらせながら興奮したように気持ちが高ぶっていく。

「怖いよ!」
そんな北野の様子にふつうにびっくりしているオキナワ。北野の興奮は収まるどころかどんどん大きくなっていく。そしてそのまま座敷牢の扉の柵に手を掛けたと思ったら、なんと勢い余ってメリメリと引き抜き破壊した(!)うおおおおと言いながら破壊した扉を振り回す北野&ぶつからないように避けながら逃げ惑うオキナワというカオス…。


北野は不意に扉を地面に投げ捨てると、オキナワに詰め寄り真正面から肩をがっしりと掴んだ。オキナワの体がビクッと跳ねた次の瞬間、突然大声で三百六十五歩のマーチ(水前寺清子)』を歌い出す。

♫「じーーんせいはァ!ワン・ツー・パンチ!汗かきべそかき歩こうよォォ…」

空気一体を変える迫力ある歌を顔の前で歌われ、しばし唖然とするオキナワ。エネルギーが歌に吸い取られたように頭をガクンと垂らす北野。沈黙の後「……おっさん、それ…」とオキナワはやっとの思いで言葉を発する。すると北野は再び息を吹き返したように気持ちを爆発させて歌い出した。


♫「あなたのつけた足あとにゃ…!きれいな花が咲くでしょう〜〜あなたはいつも新しい!希望の虹をだいている〜〜〜〜〜……………」


歌い切ると、力尽きたように背中から大の字で倒れる。同時にオキナワも尻餅をついた。先程からずっとびっくりしっぱなしだ。肩で呼吸をして床に寝そべる北野を眺めながら、心の奥底から湧いてきたであろう想いをしみじみと語った。

「俺…おっさんみたいな奴もう1人知ってるよ…おもしれぇ奴だったよ、そいつも……」

「そうかぁ…そいつの話も聞きたいがな……まずは曲を完成させろ。出来が良けりゃ、この俺が預かってやる!」
むくりと起き上がると、着物を直しながら改めてオキナワを焚き付けた。
オキナワはというと、じっと何かを考えている。

「ああああああああ!!!!」
突然叫ぶと立ち上がり、座敷牢の部屋の中に走っていった。畳に転がるほうきを手に取る。客席には背中を向け一瞬何かが込み上げてきたように振り上げたが、躊躇した。背中で葛藤しているのが分かる。だが、決心したようだ。


「…うおおおおおおお!!!!!」
正面に向き直ると、ほうきをギターのように抱え雄叫びを上げた。


「ヨッ!オキナワ!かっこいいぞ〜!まるで〜〜!!俺のようだ〜〜〜!!!


北野の言葉を受け、オキナワがほうきをジャカジャカとかき鳴らすと響き渡るギターの音色。北野は放り投げた扉を肩で担ぎ、オキナワの隣まで近づいていく。

ジャジャン!ギターの音に合わせ、「いよ〜〜〜〜ッ」と見事な見栄を切る2人。突然の異空間!そんな粋な2人を乗せた座敷牢のセットは、客席から巻き起こる拍手を浴びながら上手側へと流れていった。


↓【このシーンについて】


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場面はテレサのいる拘置所へと移る。

「え〜…バレーニクゥ?」
「あ〜惜しい!ヴェレーニキ〜」
「あぁ〜。ん〜と…ヴェレーニキ〜?」
「あー!そうそう!上手!イェーイ!」(ハイタッチ)

テレサと刑事2人は日が経つ内にどんどん打ち解けたらしく、今や和気あいあいとお喋りして盛り上がっている。どうやらテレサの故郷の話に花が咲いているらしい。その後も先輩刑事にバーンと指鉄砲で撃たれて「ウ〜!」と死んだフリをしたり、オリジナリティ溢れるハイタッチを交わしてキャッキャッふざけ合ったり、もはや憩いの場だ。


「でも…行ってみたいなぁ、ウクライナ…」後輩刑事がぽつりと漏らす。
「お前、その顔でヨーロッパかよ?」先輩刑事が悪戯っぽく言うと、テレサも笑う。
「はい、この顔でヨーロッパですよ!だって、食べてみたいじゃないですか、ヴァレーニキ〜」
決まった!という顔で、先程の先輩刑事とテレサのやり取りを真似てバーン!と撃つフリをするが、テレサは急に大人しくなり無反応だ。肩透かしを食らう後輩刑事。

黙ってどこか遠くを見つめるテレサを見て、その心情を察した刑事たち。
「…もう1カ月になりますかぁ…帰りたいでしょう?」

声を掛けられると僅かに微笑み、立ち上がった。コンクリートの階段になっているところに腰を掛ける。しおらしくなってしまったテレサを心配そうに見つめる2人。


「…先輩。何かひとつぐらい、好きなことさせてあげてもいいんじゃないですか?他は無理でも…この部屋の中だけでも!」居ても立ってもいられないように後輩刑事が懇願する。

「おう…そうだな!」

「やった!テレサさん…!何かありませんか?食べたい物とか!したいこととか!」

「演歌…」

「え…?」

「演歌が聴きたい」
考えるより先に口をついて出たように囁くと、北国の春(千昌夫)』を口ずさみ始めた。

♬「しらかば〜青空…みな〜み〜かぜ〜〜…」
テレサが初めて演歌を知った歌だった。コージが教えた歌だった。
何もないこの拘置所の中で、でも何をしてもいいこの拘置所の中で1カ月間、テレサが出した答えだ。


「おお!上手い上手い!」刑事たちも一緒に口ずさみ、嬉しそうに拍手して褒める。

「歌詞の意味を知る前から…この歌が好きでした」

「確かに、メロディも秀逸ですからね〜」


「いえ…きっとこの歌じゃなくても、好きになっていたかもしれません。だって、歌詞とか、メロディとかじゃなく、気持ちが飛ーーんできたんです。…私はあの人が歌っているときの気持ちを、好きになったんです
コージを思い浮かべ、自然と愛おしそうに顔がほころぶテレサ


「“あの人”って…?」

千昌夫だろ」(そうなるよね)

「ああ…」

「あの気持ち、あれは私の気持ちでした。どうしてあの人の中から、私の気持ちが出てきたんでしょう…?」
遠くを見つめながら独り言のように語るテレサに、何かしてあげたいと切に願う刑事たち。

「お前(後輩刑事)、千昌夫の連絡先知ってるか?

「さぁ…」






拘置所のセットが下手側に流れていき、場面は変わる。場所はみれん横丁。
コージやオキナワがいた頃より、明らかに廃れた姿があった。横丁民がポツリポツリといるだけで以前のような活気がない。そんな暗い雰囲気の中、ふらりと大野がやって来た。

「ここもなんだか…寂れちまったなぁ」

「大野の旦那じゃねぇか」
地上げ屋がこんなとこまで来てよォ、早く立ち退けだと…。仲間もほとんどいなくなっちまった…」

「景気悪いなぁ…じゃ、俺は…」
そのまま立ち去ろうとする大野をみんなで引き止める。

「旦那も用があったから来たんだろ?旦那は旦那で、随分と景気の悪い顔してるぜ?」
そんな呼び掛けに大野の足が重そうに止まった。ゆっくりと振り返る。


「……仕事、紹介してくれねぇかな…?」
バツが悪そうに申し出る大野に、横丁民は心底驚いた様子だ。同時に寂しそうでもあった。あんなに人気者だった大野は、カラオケブームの影響で流しの仕事がなくなってしまったのだ。

「旦那にそんなこと頼まれる日が来るなんてなぁ…」

「そうだよな…じゃ」
恥ずかしさもあるのか早々に切り上げようとする大野の耳に、思ってもみない名前が入ってくる。


「コージも帰ってきたばっかだしよォ」


「コージ?!コージも戻ってたのか?!!」


「いるよ〜〜〜〜〜〜〜〜」
どこから声がしたと思えば、下手側に置かれたゴミ置き場に体ごとすっぽり埋まっていたコージ。ゴミの山をかき分け、バフッと上半身を起こした。


「コージ!お前デビューはどうした?!」

「デビュー、なくなりますた」
テヘへへ〜と緩い顔で笑って言う。

「どうしてまた…」

「コージよォ、プロデューサーの社長を殴っちまったんだと」
「そんなことする奴に見えなかったけどな〜」
「訛りもすっかり戻っちまって」横丁民が次々に口を挟む。



テレサもいない、オキナワもいない、いるのは落ちぶれた師匠と、冴えない仲間だけですよ〜〜」
なくしたものを指折り数えると、大野や横丁民を指差してへにゃへにゃと笑う。


「おらの人生、終わりです」

「旦那ァ、なんか言ってやってくれよ」

「…めんどくせぇなぁ。そんな簡単に人生終わってたまるかよ」

「そうそう!」

「スパンと終われたら楽だけどよォ、人生ってのはジワジワと枯れていくからやり切れねぇなぁ…」
情感たっぷりに言うと、横丁民に向かって合掌する大野。(シャレにならん)


「もうじゅーぶん歌いました!で、届かなかったんです。力不足です」
ゴミ山をガサガサ動かして立ち上がった。

「意外とさっぱりとした気分でぇす」
緩み顔のまま大野の前まで来て、敬礼ポーズをとる。未練はないように言いながらも、服装はまだばっちゃんの背広ではなく、麻の白ベージュのスーツだ。


「お前、言うほど歌ったか?」

「歌いましたよ。知ってるでしょ?散々一緒に流しで回ったじゃないですか〜コンテストだって、実はあれから結構出てたんですよ〜?」
上手の手前側でBBQをしている横丁民の串肉をもらおうとふらふらと近づくが、拒否されむくれるコージ。今のコージはみんなから相手にされない。

「お前それ、本当に歌を歌ったのか?」

「どーゆー意味ですか…」


「俺は流しの端くれとして、いつでも客のリクエストに応えられるようレパートリーだけは何千曲も増やしてきた。でもそれは果たして歌か?」

「じゃなきゃなんなんですか…」

「多分楽譜だな。俺の頭の中にあるだけなら、ただの楽譜だ。俺の口から出たとき、初めてそれは…」

「歌になる!」陛下が自信満々に答える。


「いや、音になる。お前の耳に届く…まだ歌じゃない。お前の心に届く…惜しい!まだ歌じゃない。お前が日々のあれこれに打ちのめされて、どうしようもなく歯を食いしばっている場面でふと、いつかの俺のメロディが頭に鳴り響いたとする。そのとき初めて、『歌』と呼ばれるものになる。だから自分の歌が歌だったかどうかなんてすぐには分からねぇ。何十年も経ってから分かることもあるんだ。十分歌ったなんて…簡単に口にするな!!

大野が勢いよく投げたカバンが陛下の顔面に直撃し、「いってー!」と陛下らしくない言葉遣いが出る。(陛下とばっちり受けがち)


「だども!!…誰になにを歌ったらいいのか…もう分からないんですよ……」
力なくうな垂れるコージ。もう顔は笑っていない。



「そんなコージ君に、とっておきの歌があります!!!」


静まり返った横丁に突如鳴り響く威勢の良い声。下手側の階段の上から現れたのは、なんと北野だった。サングラスをかけて芸能人オーラを惜しみなく放つ北野の後ろには、小脇に茶封筒を抱える大橋の姿もある。寂れた横丁にやって来た大物演歌歌手の登場に、わぁ!っと盛り上がる横丁民。なんだか覇気が出てきた。

\北野波平だーーー!!!!/

「おっと…失礼。サングラスをしていては誰だか分かりませんねぇ…」

\北野波平だーーー!!!!/

「北野、」

\波平だーーー!!!!/

「波平です」
たっぷり間を使ってサングラスを外す北野に、大興奮の横丁民。バタバタと北野が立つ階段の下に駆け寄っていく。一方で驚いて立ち尽くすコージ。そして北野は横丁にいるある男を見つけると、気さくに声を掛けた。

「よー、元気か〜大ちゃん」

\大ちゃん???/

「久し振りだなー平ちゃん」

\平ちゃん???/


妙に親しげな北野と大野のやり取りにどよめく横丁民。
「旦那ァ!北野波平と知り合いなのかぁ?!」

「知り合いなんてもんじゃねぇよ〜!俺たちはライバルだ」
階段を下りてきた北野が代わりに答える。

「まっ、ライバルと呼ぶには随分と差がついちまったけどなぁ」
大野もあっけらかんと笑っている。

「いやぁ〜歌はどっこいどっこいだ。俺の方がちょっと色男だった、ってだけだよぉ〜!」
ご機嫌に腰振りをしてみせる北野。横に立つ大野もずっと楽しそうに笑っている。(こんなに笑顔な師匠は新鮮…)


「…で、そんな色男がこんな横丁に何の用だ?」

「ああ、ちょっと見てもらいたいもんがあってな…。大橋」

「巨泉か?」と茶々を入れる横丁民をスルーすると、大橋は持っていた茶封筒から1枚の紙を取り出して北野に渡した。



曲も詞も、オキナワが書いた。これをもらってほしい奴がいるらしいんだがーー…」

その紙は楽譜だった。それを手にわざとはぐらかしそれだけ言うと、視線をコージに向ける。その視線につられるように、その場にいる全員がコージに注目した。

「…へ?いや…っおらっ受け取れねぇです…!」

「なんで?」

「そのあの…ちょっと色々あって…今は…」
もじもじと俯くコージに痺れを切らしたように、突然ギターの音色が鳴り響いた。



「何もったいぶってんだよ!カッコつけずにさっさと受け取れ、この田舎モン!」

先程北野が登場した階段と同じところに現れた。胸には大きな星がプリントされたTシャツ。コージは途端に顔をクシャクシャにさせた。



「オギナワァァ………」



「よぉ。デビュー、なくなったらしいじゃねぇか」

「耳が早ぇなぁ…」

テレサは?」

「国に戻ったよ……」

「なら、諸々丁度いいわけだ。お前が夢も希望も女もプライドもなーーんもなくなったら、俺と丁度よくなると思ってたよ」
オキナワの言葉を受け北野が再び楽譜を渡すと、今度は素直に受け取った。


「気軽な気持ちで見るなよ!俺の想い、全部乗せたからな!」


「……じゃあ見ねぇ」

「?!ちょっとぐらい見ろよ!」

「ちょっとも見ねぇ!!」

「イントロぐらい見ろって!」
バタバタと階段を駆け降り、コージの元へ向かうオキナワ。


「どうせいい曲なんだべ!!!」
そう叫ぶとコージは渡された楽譜を地面に叩きつけた。



「帰ってけれ!!」

「ここは元々俺の横丁だよ!」

\お前のじゃねぇよ〜!/とすかさず横丁民から野次が飛ぶ。


「……おら…余計なもん捨てて身軽になって自分だけになって……なのに…自分のことだけでも重荷に感じてるんだ……今更新しく何かをしょい込むなんて………」

「なんだよ」


「おっかねぇんだ!!!!」
子供のようにダンッと地面を蹴って叫ぶと、震えながらシクシク泣き出した。オキナワの目つきが変わる。


「……情けねぇこと言ってんじゃねぇよ!」

コージの胸ぐらを掴み、頬を一発グーで殴った。\ああ!何やってんだオキナワ!/横丁民が驚く中、オキナワはコージの目を覚まさせようと再び殴りかかろうとする。張り合わず逃げ回られても手加減しないオキナワ。コージは咄嗟に空き瓶を手に取ると、威嚇するように高く振りかざし構えた。


「おうおう、そーゆー顔してる方が好きだぜ?」


しかしオキナワに挑発されると、シュッと火種が消えたように高ぶった感情がいなくなってしまった。「絶対見ねぇからな!」と話がまた振り出しに戻る。オキナワは近くにいた陛下にノールックでギターを渡すと、再び殴ろうと飛びかかった。コージはコージで、ゴミ置き場からゴミ袋を引っ張り出して投げ飛ばす。「見ろよ!」「見ねぇ!」としゃがんで胸ぐらを掴み合いながらしばらく続く小競り合い。もはや無理矢理にでも楽譜を押し付けようとするオキナワと、意地でも受け取らないつもりのコージ。受け取らない、というより、受け取れないのだ。コージは一度、オキナワを「捨てた」身だ。オキナワの「想いが全部乗っかった」その楽譜を受け取れる資格がないと思っているのかもしれない。


「自分で歌えばいいべしゃ!!!」

俺じゃダメなんだよ…!!俺1人じゃ、どんなに心を込めて書いた曲でも、客の心には届かない。俺は誰かの助けを借りねぇと、自分の想いを伝えられねぇんだ…!」


「…離せ!」


「北野のおっさんも言ってたろ?!歌は…!自分自身でなければならない!それを否定されたら、自分の全てを否定されるような、そんな歌を歌えって……!!」


しん…となる横丁。


「……そーんなことは言っていない」(!)

「言ったよォ…」
「言ってましたよ!」
かつてのスナックでの発言をすっかり忘れている北野に、焦って教えてあげるオキナワと大橋。

「おおおおお!ほんじゃ言ったあああ!!」
自分の発言なのになんだか手柄を横取りした感じになる北野。こんなに良いこと言ってたのに…とんだ天然ボケ…。


「俺は…!これが伝わらなかったら自分の全てを否定されるような歌を書いた!なのに…歌う前から否定しないでくれよ…」
先程地面に叩きつけられた楽譜を拾い上げ、泣きそうになって訴える。すると、地面でうずくまっていたコージがゆっくりと立ち上がった。葛藤しながらもオキナワが握りしめる楽譜に手を伸ばす。だが、なかなか受け取れない。結局わなわなと震える手を降ろしてしまう。そして再び土下座のような体勢で倒れ込むと、声を絞り出すように言った。


「堪忍してけろ……」

「……こっちはもう吐いたゲロだ。今更飲み込めねぇからな…!これは置いていく」

オキナワは仕方なく諦め、丸まったコージの背中にバンッと強く楽譜を押し付けて去ろうとする。「あっ…これ…」先程の乱闘からギターを守ってくれていた陛下が帰り際にそっと差し出すと、オキナワは自分から預けたくせに「返せっ」と陛下を殴って奪い返した。そしてポーーンと吹っ飛んでいく陛下に見向きもせず、そのまま横丁を出て行ってしまった。(気の毒…)



「…おいコージ、どうすんだよォ」
うずくまったまま震えて泣いているコージに心配そうに声を掛ける横丁のみんな。そんな中、北野が穏やかに話し始めた。

「オキナワに言われたよ〜…俺と君は似てるって」

「奇遇だなぁ。俺も、コージと俺は似ていると言ったことがある」
大野も優しく笑っている。

「おお〜?そうかぁ。じゃあ大丈夫だな」

「…え?」
不思議そうに顔を上げ、自信満々に言い放つ北野を見つめるコージ。


どっちに転んでも、歌は捨てない!存分に悩め」


北野と大野は誇らしげに笑った。

「あ〜腹が減ったなぁ…」お腹を擦りながら横丁民が焼いていたBBQの串に刺さった肉(犬…?)を手に取る北野。「先生!それは…」大橋が慌てて止めると、食べる前に振り返って言った。「よし!肉食いに行こう!この辺に美味い馬食わせる店があるんだよ〜行くか?」大野をはじめ、横丁のみんなを誘い出す。芸能界の大御所から誘われ、大盛り上がりの一同。

「よーーし、動物愛護団体から苦情が来るほど食うぞ〜〜〜〜〜!!」

北野がパワーワードを残し、わらわらと横丁から人がいなくなっていった。コージは1人ポツンと取り残される。
しばらく土下座の体勢のまま泣いていたが、やがてゆっくりと背中に押し付けられた楽譜に手を伸ばした。鼻をすすりながら静かに立ち上がろうとした次の瞬間、


バァン!!!!!


突然近くのトタンの扉が蹴って開けられた音。(毎回身構えていても心臓に悪いシーン)
なんとそこから足早に戌亥が飛び出してきた。コージはびっくりしすぎて尻餅をつく。しばし無言で見つめ合う2人(&音も展開も衝撃的すぎたのでじわじわと笑いが起こり始める客席)


「ほっとしてんじゃねーぞ?」

「なんで…」

「仕事だ」

「仕事って…」

なんでも戌亥は、コージと行代のデビュー曲『引越しをするなら教えてよ』のお披露目の場を、近々行われる新人アイドルグループプラネット・ギャラクティカの野外コンサートの前座として設けていたらしい。それが開催される前に、コンビでのデビューは白紙になってコージも事務所を辞めてしまったわけだが…。


「行代さんは…?」

「行代はこねぇよ。お前1人で歌うんだ」

「だども、おら…歌えねぇです…」

「コージよォ、これは俺が必死に頭下げてとってきた仕事なんだよ。こちらの必死に対して、せめてもの穴埋めをすべきなんじゃねぇのか?」

もっともなことを言われ、口籠ってしまう。
戌亥は「逃げんなよ!」と言い残すと、横丁を去っていった。途中で2度も動物のフン(ならまだいいが…)のような物を踏み、「あ〜あ〜あ〜」と言いながら地面に擦って落とそうとしていたが、どうやら無理だった模様。「ああ!」とイライラして靴を投げ捨てて帰っていった。


戌亥もいなくなり、今度こそ本当に1人ぼっちになったコージ。
再び込み上げてきたようにシクシク泣き始める。静かな横丁に聞こえるのは地べたに座るコージのすすり声だけ。

テレサァァ……会いてぇよぉ………」
涙を流しながら頼りない声がこぼれる。

ふと地面に落ちた楽譜に目がいき、それをゆっくりと拾い上げた。しばらく葛藤しながらもじっと目を通す。やがて楽譜を両手でクシャクシャと丸め、投げ捨てようと手を振り上げたが、コージには捨てられない。丸まったままの楽譜をズボンのポケットに仕舞い込み、よろよろと歩き出した。






場面は変わる。
下手側の階段の上には、懐かしのマリアン姐さん橋本さんアイリーンの姿があった。腕を組んで仁王立ちするマリアン姐さんを除いて、2人はなんだかそわそわしている。ここは拘置所の前だ。

そこへ下の方からお馴染の刑事2人の声が聞こえてくる。
「あっ、テレちゃん!こっちこっち!」
「ごめんなさいテレちゃんさん!こっちです!」
下手の小脇に向かって手招きをしている刑事たち。導かれて現れたのは、テレサだった。
女性陣はお互いを認識すると、\あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ/と歓喜の黄色い声を上げて駆け寄った。

「皆さぁん…!元気でしたかぁ!」
テレサは階段を駆け上り、橋本さんとアイリーンは駆け下り、嬉しそうに抱擁し合った。久々の再会に、辺り一面幸せなムードが流れる。しかしマリアン姐さんだけは、何か想いをぐっとこらえるように階段の手すりにもたれて客席に背中を向けていた。

テレサさんの供述のおかげで、外国人ブローカーの壊滅に繋がりました。それなのに…結局強制送還になってしまい申し訳ない…」
「いえ!お役に立てたなら…」
「ありがとうございます…飛行機の出発まで、まだ少し時間があります。短いですが、ご友人との時間を楽しんで…!」
刑事たちはそれだけ伝えると去り、テレサたちだけにしてくれた。改めて盛り上がる一同。

「あの、他の皆さんは…?」
「あ〜…エドゥアルダさんはパスポート切れてたし、シャオはそもそも偽造パスポートだったから…まっ!この中のどっかにいるんじゃない?!」
橋本さんが拘置所を指差しながら明るく答えた。

責任を感じたのか表情が少し暗くなるテレサを見て、アイリーンが親身になって話しかける。
「でもね、あそこ(ストリップ小屋)にいるよりはずぅ〜〜〜〜〜っっとマシだよ!テレサのおかげ!」
「そうよ〜やっと解放されたんだから!」
その言葉を受け、テレサはふっと安堵したように微笑んだ。

「上に、姐さんも!」2人に小声で促されると、表情を弾ませてそのまま階段を上っていくテレサ。マリアン姐さんの姿を見つけると思わず、わぁ!と正面から抱きついた。

「姐さん!」
「…あの男は?」
抱きつくテレサの腕に触れながら、その声は重く落ち着いている。テレサは答えない。


「なんでアタシたちなの?!見送りに呼ぶべきはあの男でしょう?!」


「……ここにいる間、いつも…いつもいつもいつもいつも、頭の中でコージの歌が鳴っていました


「だったら…!」

「でも、会うのは…怖いです」
涙を浮かべながらそう語るテレサに、マリアン姐さんも何も言えなくなる。そんな中、橋本さんがおもむろに自分の胸元からチラシを取り出して言った。(橋本さんは信玄餅といい、胸元に物を入れるのが癖なのだろうか…)


「まぁ、呼び出すって言ってもねぇ…今日は野外コンサートがあるから無理よねぇ…」
「う〜〜ん………え゛」低い声で驚くアイリーン。すかさずチラシを覗き込むが「なにこれ!全然関係ないじゃないのよ!」と怒っている。
「プラネット・ギャラクティカっていうアイドルグループ……の前座のところにほら、“海鹿耕治”って。コージ君のことでしょう?」

「プラネット↓ギャラクティカァ?!!↑」
アイリーンの驚きの声が響き、ここで場面は移る。





ステージ上にThe昭和のアイドル仕様の男性5人組が姿を現した。キラッキラの笑顔で歌い踊っているのは『今夜はプラネット』プラネット・ギャラクティカ(以下、プラギャラ)のデビュー曲、舞台オリジナルだ。ジャニーズの安田くんが主演を務める舞台でこの演出…ニクい!
メンバーカラーレッドが「ハア〜〜〜〜〜〜〜〜〜」という超ハイトーンヴォイスで歌い上げ、曲が終わった。

「はい!以上でリハ終了となりまーす!本番もよろしくお願いしまーす!海鹿耕治さん入られまーす!」
カラフルなジャンパーを着たADが姿を現す。

下手側に退場していくプラギャラと入れ替わりで、コージと戌亥が同じく下手側からやって来た。
「おっかれしゃーす!」「おつかれしたーす!」と業界人風挨拶を誇張しまくった言い方でヘコヘコおもちゃのように頭を下げていくプラギャラたち。(推せる…)
戌亥は戸惑いつつも、つられて「おおおおつかれしあーす…」と一礼した。


「すみません(時間)押してるんで…巻きめで。今日は曲が変更になったとかでー?」

「カラオケテープ渡したでしょ?」そっけなく戌亥が答える。

「はい、なんか30曲くらい入ってましたけどー?」

「何にする?」コージの方を振り返る。

「え…あの…」突然話を振られ、しどろもどろになってしまう。

「いいや、何でも」

「と、言われましてもー!」

「じゃあ、1曲目で」

「はい!すいませーん!1曲目だそうですー!」インカムで指示を飛ばすAD。その後コンサートの流れを2人に軽く説明をしていたところで、上手側からプロデューサーが登場した。戌亥は態度をゴマすりモードに急変し説明を中断させると、低姿勢ですり寄る。ADはADで、忙しそうに別の場所に走っていった。

「おお、戌亥さん。びっくりしたよー行代は出ないなんて」

「大っ変申し訳ございませ〜ん…今日はこの、コージが!しっかりと務めさせていただきますので!」
コージもペコリと頭を下げる。

「この子1人で大丈夫なの?」

「はい〜このくらい無名の新人の方が、プラネットさんのいい引き立て役になるかと思いまして!」

「ああそう。あ、この後天気崩れるみたいなんだよねぇ」

「あ!それでしたら、うちはリハなしでぶっつけで大丈夫ですので!本番も、曲が終わったらブチッと切ってもらって構いませんので!」

「そう。じゃ、よろしく頼むよ」
そのまま立ち去ろうとしたプロデューサーに、戌亥は食い下がった。

「あっそれでですね!プラネットさんが持っているテレビ神奈川冠番組にですね、あれに是非うちの行代を呼んでいただけないかと……」

「あ〜無理無理!」
全く相手にさせず帰られてしまった。売り込みが不発に終わり、舌打ちをする。ずっと黙って突っ立っているコージの方を振り返った。
「…せいぜい、皆様にご迷惑をおかけしないようにな」
それだけ言うと、「プロデューサ〜!」と再びゴマすりモードになり後を追いかけて行った。ステージ上にはコージだけが残る。
「………はい」
コージは心が泣いているような笑顔を貼り付け、1人静かに返事をした。背中を丸めて下手側へ歩き出し、ステージを後にする。



「昨日降った雨によりー、場内大変滑りやすくなっておりますー!」
先程のよく声の通るADが客席の通路から登場した。

〜ここからの演出もおもしろい!〜
俺節の観客は、この瞬間からプラギャラの野外コンサートの観客へと化すのです!気づいたらこの世界に巻き込まれています。堂々とお客さんをも使う演出!特に1階前方までは照明がコンサート会場のように様変わりしたり、演者さんたちが客席に降りてお芝居をしたりするので、前方席に座っているお客さんの「自分たちも参加している感」は大きいかと。後方席から観るとまた見え方が違って、その巻き込まれているお客さんたちを俯瞰で観察することになるので、ステージが舞台上だけではなくなり、景色が一気に広くなったような感覚でした。個人的感想ですが、気持ち的には普段のコンサートで天井席からペンラの海を眺めているときに近かったです。感動モノ!



雨足がだんだん強くなってくる。
スタッフに誘導され、客席通路の左右からわらわらとプラギャラファンたち(ほとんど女装)が出てきた。(「やだぁ〜雨降るなんて言ってた?!ヤン坊マー坊も言ってなかったわよねぇ?!」と小走りでステージ最前にやって来るファンの言動は確実に狙ってますよね福原さん…)プラギャラファンはステージ上の高層にある両サイドのテラスにも詰めかけ、辺りが一気に賑やかになった。皆一様にプラギャラグッズTシャツや手作り団扇を装備し、いわゆる“ジャニオタ”のパブリックイメージを大袈裟なまでに体現したような風貌。というか、風刺かもしれない。客席にも「雨や〜ね〜」などとふつうに話しかけていておもしろい。中には、コージとオキナワが参加したコンテストで出来レースにより優勝した、セーラー服姿のヨシコちゃんの姿もあった。アイドルのファンだったとは意外だが、興奮して勝手にステージに上がってしまう破天荒っぷりは相変わらずだ。

やがてヨシコちゃん先導で\プ〜ラギャラ!プ〜ラギャラ!/とコールが始まり(客席も煽られる)、MCの女性が下手側より登場した。沸き立つファンたち。


「皆さーーん!お待たせいたしました〜!いよいよ、プラネット・ギャラクティカの登場でーす!」

\フゥ〜〜〜〜〜〜!!!/

「…の、前に〜?」

\はぁ???/

「本日のフロントアクト、演歌歌手・海鹿耕治さんの登場でーす!どうぞー!」

「演歌ァ?!」「アシカ?」


MCの呼び込みを受け、コージは自信なさげに背中を丸め、おずおずと登場した。

「誰なのよアンター!」
「引っ込んでなさいよー!」
「プラギャラが登場するまでに雨ひどくなったらどうすんのよー!!」
「プラネット待たせんなよ!!」

非難囂々でさらに縮こまるコージ。
\か〜えれ!か〜えれ!/と会場は帰れコールで包まれる。
激しさを増す野次が飛ぶ中、とうとう上手側のテラス席のファンから空き缶が投げ込まれた。コージはビクッと体を跳ねさせ、思わず足を止める。
「物は投げないでください…!」
MCは申し訳なさそうに叫び、慌てて空き缶を拾いに走った。
「では!張り切ってどうぞー!!」
半ば強引に促され、スタンドマイクの前に立つコージ。

「海鹿耕治です……」

\プラギャラ出せプラギャラー!/

「すぐに終わりますから…カラオケテープの1曲目に入っていた曲です…」

\はぁー?カラオケ?/

「それでは聴いてください…『星影のワルツ(千昌夫)』
コージの弱々しい声をキッカケにイントロが流れ始める。未だ野次は止まらない。


♬「別れることはつらいけどー…仕方ないんだ…君のためーー…」

コージは口先だけで歌っていた。とても気持ちが乗っかっているとは言えない。そこにプラギャラファンたちのブーイングが加わり、歌がほとんどかき消されてしまっている。

そんな歌唱の途中、客席上手の通路からコージだけを見つめて歩いてくる1人の男の姿。
ギターを背負ったオキナワだった。

「おい!お前らちゃんと聴けよ!」

\誰よアンタ〜何なのよいきなり!/

「おいコージ!お前もちゃんと歌え!!」

「オキナワ…来てくれたのかぁ……」
ぐずぐずの顔になるコージに「ほら、歌え!」と激を飛ばすオキナワ。
そこへ収拾がつかなくなってきたと踏んだMCが舞台袖から現れ、両手で後方のスタッフへ向けて大きく×を作った。

「今でも好きだ…」歌い切る直前で曲を切られ、
「…死ぬほどに」コージの頼りないアカペラが漏れた。


「はいはいはい!海鹿耕治さんでしたー!本格デビューが待ち遠しいですね!」

「どうも…すいませんでした…」
客席にお辞儀をして去ろうとする。

「それでは海鹿耕治さんに大きな拍手をーー!!」

\ブーーーー!/

「おい待てよコージ!!もう1曲歌え!!」

\はぁぁ?!何言ってんだよ!/

「頼むよ!コイツもっといい歌歌えんの知ってっからさ…」

「オキナワ…もういいから…」

「良くねぇって!なぁコージ、あの歌歌え!頼む…!みんなに聴かせてやってくれよ!!」
オキナワはステージ上に乱入してまで必死にコージを焚き付けようとするが、叶わなかった。退場を促すためだけの皮肉な拍手を送られながら、辛い笑顔でステージを後にしようとするコージ。そのときだった。



「待って!!!!」



中越しに叫ばれ、足を止め振り返る。その視線の先、上手側のテラス席に現れたのはテレサだった。
「はい、下がって下がってー」マリアン姐さんらがプラギャラファンたちをかき分け、テレサに道を譲らせる。アイリーン、橋本さん、刑事2人も一緒だ。


テレサ………?」

「私からもお願いします!!!もう1曲歌わせてあげてください!!!」
突然現れて懇願するテレサに、客席は一気にざわめきに包まれる。戸惑うテレサを見たコージは咄嗟にスタンドマイクへ向かって腹の底から声を出した。

「すいません!!!ちょっと静かにしてけろ!!!」

文句を言いながらも、やっと静かになるファンたち。


テレサァ…まだ日本にいたのかぁ……」

「そーー!!でも、これから強制送還で、成田に行く途中ーーー!!」
橋本さんが言わなくていいことをよく通る大声でカミングアウトする。(らしくて和んだよ…)



「さっき、久しぶりにコージの歌、聴いたけど…良くなかったねぇ……さっきの歌、初めて聴く歌で、歌詞の意味は分からなかったけど…でも、前は、歌詞の意味が分からなくても、ちゃんと気持ちだけは伝わったよ…?頭の中でいつも鳴ってたコージの歌、こんなんじゃなかったよぉ………」

「頭ん中で…鳴ってた…?」

「いつもいつも、いつもいつもいつもだってさ!!!」
泣きそうになるコージに向かって、マリアン姐さんが必死に伝える。


「何が足りないんだろうって思ったことがあって…上手く言えないんだけど…」

「じゃあ黙ってなさいよー!」
ステージに上がりながら話に割り込んでくる1人のプラギャラファン。イラッときたオキナワ、思わず手が出る。追い払うように頭を叩くと、尻尾を巻いて席に戻っていった。


「そもそも私はコージに…コージはコージのことだけを頑張ってほしくて…私は私のことを、って…それで…じゃあ、私ってなに?私は…なんなんだろう、って思ったり…してて…」

しどろもどろながら、懸命に自分の想いをコージに伝えようとするテレサ。いい加減にしろと騒ぎ立てるファンたちにマリアン姐さんが「静かにしてあげてーー!!!」と服をはだけさせながら威嚇して制している。オキナワも居ても立ってもいられなくなったのか、ギターをかき鳴らして大声をあげた。


テレサ!!!全部言えよ!!!」

「上手く言えないよぉ!!」

「上手く言えなくていいんだよ!!おいコージ!!お前も何か言え!!!」

コージはこんなときでも何も言えない。黙ってテレサを見つめることしかできなかった。少し沈静化していたのに再び騒がしくなってくるファンたち。

「あぁあ…ああ……」
言葉にしたいのに…伝えたいのに…できない。
野次が飛び交う中、テレサは上手く言えない自分に頭を抱えた。そして、溢れた。




「しーらーかーばーーーーーー青空ーーー南風ーーーーーー……こぶしさく、あの丘北国の…ああ北国のー…………」



空気が一瞬で変わり、静寂に包まれる。
テレサ“思っていることが上手く言葉にできなくて、やっと喉から出てきてみたら、歌になった”のだ。会場一体に響き渡る北国の春の途中で歌詞を詰まらせると、溢れる想いのままに言葉にならない声が漏れた。


「………あーーーーーーー!!!」
地べたに座り込み、柵の隙間から身を乗り出してコージに向かって必死に手を伸ばす。


「……あーーーーー!!!!」
テレサの心の叫びに共鳴するように叫び、手を伸ばすコージ。もちろん物理的には届かない。その光景はまるでロミオとジュリエットのようだった。



「あーーーーー!!!!!」


「……あーーーーーー!!!!!!」


「あああああああああ!!!!!!」


「ああああああああああああ!!!!!!!」



「……………なにこれ?!!なんなの??!!!」

ずっと黙って聞いていたファンの1人が混乱したように声を出す。だがテレサは構わず叫んだ。


「それ!!さっきの歌、もう一度続きから…!サンハイ!!!!」



「今でもーー好きだ…!死ぬほーーどーーにぃぃ………」


スタンドマイクを掴み、先程の弱々しい『星影のワルツ』とは全く違う、魂のこもった歌を歌う。
だがこれをキッカケにゴロゴロと雷が鳴り出し、雨も一層激しく降りしきり始めた。この雨はプロジェクションマッピングに加え、本当に水も使っている。実際に雨に濡れていくコージ。


「分かった…さっき言えなかったこと、今ならちゃんと言える。さっきの歌に足りなかったもの、それは、私。私です」
テレサは晴れやかな表情を浮かべ、小さく手を挙げる。


「コージは、私とコージでコージだから。だから、私がいないとコージの歌じゃない。私も、私とコージで私だから…コージがいないと、私じゃない」


「ちょっと待て…それって…」

「…オキナワ!」
コージも驚いたようにオキナワを振り返る。

「ああ…」

「この歌、テレサと書いたのかぁ…?」
涙ぐみ、ポケットの中に仕舞われたままのクシャクシャな楽譜を取り出す。

「いや…俺1人で書いたよ…」

「なに…?」
状況が読めず、不安な顔になるテレサ


コージの顔つきが力強いものに変わった。
「オキナワ、ギター!」

「ああ!一発かましてやろうぜ!」
コージは威勢良くギターを構えるオキナワの手を止め、しっかりと目を見て告げた。


「1人で背負わせてくれべしゃ」


最初は驚いた様子のオキナワだったが、真剣な様子のコージの気持ちを汲み、ギターを差し出した。

「安物だ。濡らして構わねぇぜ」


\いつまでやってんのよー!/雨も、雷も、ファンからの野次も、強くなっていく。


「改めまして、海鹿耕治です!もう1曲歌わせてけれ!」
クシャクシャの楽譜をマイクスタンドに貼り付け、オキナワから託されたギターを構えた。
真っ直ぐに前を見据え、スポットライトを浴びながら弾き語りを始める。




♫『俺節


ひとりで生きていけるのと つよがり放した手だけれど



夜と朝の境目辺りに見る夢で お前の名前を呼んでいた




雨に打たれ続け、どんどんずぶ濡れになっていくコージ。
それでも心ないファンたちは、上から・下から、空き缶やゴミをコージに向けて投げ込んでいく。
オキナワはただ黙って腕を組み、コージの下手後方の柱にもたれかかって見守っている。テレサは柵にしがみつき、柔らかい表情で見つめていた。2人とも、コージがそこで歌っている姿しか目に入っていないようだった。




おーいおーい ねぇ 届いているかい



もっと傍まで来てくれよ 心の中まで入っておいで



俺が俺と言う時は 俺とお前で俺だから



俺の俺節 おまえ節



間奏に入ると、ギターの手は止めずテレサを見上げ、お互いに頷きながら穏やかに微笑み合う。
そしてオキナワの方を振り返り、お互い顔を見合わせ、力強く頷き合った。
雨が止む気配はないが、一方でだんだんと客席から飛ぶ野次とゴミはなくなっていく。全員が、コージの「歌」に聴き入っていた。
この『俺節』歌唱シーンに存在するのは「リアル」だけでした。実際にマイクが雨でダメになり、途中からほぼ地声で歌う日もあり、運良く最後までマイクを通せる日もあり…毎回どうなるか分からない、嘘も誤魔化しも利かない裸一貫なこの歌唱は『俺節』そのものでした。



なんでもわかってくれるから 必死で隠したことだけど



くじけまみれの暮らしの中で お前の影を探してた



おーいおーい ねぇ どこまでいこう



もっとずっと遠くまで 黙ったまんまで歩こうよ





大量の雨に打たれながら歌うコージの頬に、何度も涙が伝っているのが分かった。
オキナワはびしょ濡れのコージの背中を見つめ、時に目を逸らしながら、歯を食いしばるように泣いていた。目を真っ赤にさせて。
テレサはずっと、幸せそうにコージを見つめている。コージがへの気持ちが痛いほど伝わってくる。しかし、無情にも制限時間は近づいていた。ずっと続けば良いのにと思う時間ほど待ってくれない。





俺が俺と言う時は 俺とお前で俺だから



俺の俺節・・・




「すいません!!!」
突然後輩刑事の声が歌を遮る。ハッとしてテレサを見上げるコージ。


「時間です…ほんとごめんなさい…」
ウクライナへ発つ飛行機の時刻がきてしまった。テレサはゆっくりと立ち上がる。「テレサ…!」マリアン姐さんたちが引き止めようと声をあげるが、もうどうすることもできない。無念そうな刑事たちの表情や言葉が全てを物語っていた。

今度こそ、本当にお別れだ。

しかしテレサは温かく微笑み、穏やかな表情でコージを見つめている。刑事たちに連れていかれる間、一度もコージに背中を向けなかった。この笑顔を覚えていて…いつかのようにそう伝えているようだった。コージも抗わず、ただ黙って見つめ合う。最後まで笑顔を向けたまま、テレサは刑事と共に会場を後にした。



会場の全員がコージの方に向き直る。


しばらく呆然とテレサがいなくなった方を見つめていたが、やがて再びマイクを握った。







おまーーーえーーぶーーしーーーーーーー……








全部、全部吐き出した。


歌い切ったコージに自然とパチ…パチ…拍手が鳴り始める。その拍手は瞬く間に広まり、だんだんと暗転する中会場全体に巻き起こっていた。プラギャラのファンも、マリアン姐さんもアイリーンも橋本さんも、そして私たち観客も。拍手を浴びながら幕がゆっくりと下がる。
コージもギターもずぶ濡れだ。
完全に暗転した会場には、降り止まない雨の音と俺節のピアノのメロディが流れていた。




やがて雨は止み、場面は明くる日のみれん横丁。
上手側から3人の男たちが1列に連なってやってきた。先頭を歩く男が顔の前で新聞を黙読している。降りた幕の前だけが照らされ、そこを歩いてくるのは皆横丁の住民だ。

後ろに付く男が新聞を盗み見ようと首を伸ばすと、それに気づいた先頭の男が咎める。
「俺が見てんだろォ!」
「見せろよ?!」
「俺が拾ってきたんだよ!」
「じゃあ声に出して読めよぉーーー」
「〜〜〜っ…」
先頭の男は不満げな顔をしながらも、気を取り直して新聞記事を音読し始める。


「えーー“土砂降りの中ーー必死に歌う姿にーー集まった観客はーー大歓声を送ったーー”


\おお〜〜/ホクホクとした顔で相槌を打つ後ろの2人。


“ルックス・歌唱力共にーーかなりの素質を持った大型新人のーーセンセーショナルな登場だったといえよう”〜〜〜?!」


\おおおお〜〜〜〜〜〜!!/
読み上げる方も聞いている方も、あまりの褒められっぷりにみるみるテンションが上がっていく。


“今後の活躍が期待されるーー5人組アイドル、プラネット・ギャラクティカであった……」(オチ〜!)


「…えっ終わり?!コージの記事は?!!」

「ねぇよ…どこにも…」

「なんだそれ?!あんなにいい歌歌ったのによォ?!」


そんなやり取りをしている途中で幕が上がり、人影が見当たらない薄暗いみれん横丁がぼんやりと現れた。
先頭の男は新聞を持つ手をダランと下ろすと、ショックすぎたのか操られるように横丁の奥へ歩き出そうとする。


「俺ちょっと…別の新聞拾ってくる……」

「やめとけって!どれも同じだよ……。考えてみればよォ…ただの前座が、新聞なんて載るはずねぇよなぁ…」

「なんか…会っても声かけづれぇな…」
だんだんと残念ムードが漂い、意気消沈する3人。

「…せめて、俺ら3人だけでもよォ、お前の歌で震えたぞ!って言ってやろうぜ?」

「俺ら3人だけかぁ…」



すると、薄暗かった階段の上の道にも照明が当たり、別の住民らが現れた。

「おおーい!なんでコージが載ってねぇんだよぉぉ!!」
「あれは新聞に載ってもいいよなぁ!!」

その様子を見上げた3人の顔が、パァッと一気に明るくなる。
「お前らも、コージを観に行ったのかぁ?!」


「当たり前だろ〜?みんなで小銭かき集めてチケット買ってよォ〜!」


そして今度は別の階段の上の道からも住民らが現れた。
そちらにも照明が当たり、視覚的にも明るく、みれん横丁のかつての活気が取り戻されていく。
「おかしいだろこの新聞〜!!」
「俺、違うの拾ってくる!!」


先程までしょんぼりしていた3人も、顔を見合わせたり他の住民を指差したりして喜んでいる。
もう落ち込むことはない。むしろどこか誇らしげな様子。
みんな気持ちは一緒だったのだ。


「そういや、肝心のアイツらはどこ行ったんだよ?」

「さぁ、見かけてねぇけど」


「おーい!来たぞ!」
双眼鏡常備の影の番人、のぞき魔さんが横丁の入口を見て叫んだ。



「横丁の星だーーーー!!!!!」



住民たちのキラキラした視線の先には、いつもと何も変わらないコージとオキナワの姿。
ばっちゃんの背広と星がプリントされたTシャツ、ギター。

『みれん横丁のテーマ』(ピアノ オルゴール調)が流れる。


「…だどもぉ〜ばっちゃんが…」

「だからーーもういいんだって!」


コージも新聞を手に、ブツブツと文句を垂れていた。そしてそんなコージをいつものようにいなすオキナワ。
何も変わらない。でもその表情はどこか充実感に溢れ、生き生きとしたものだ。

\お前ら〜〜〜〜!!!!!/

住民たちが歓声を上げながら2人に駆け寄る。
肩を叩かれたり背中を押されたりしながら仲間たちに囲まれ、照れ臭そうに笑顔になるコージとオキナワ。


皆賑やかにコージの記事が載っていない新聞を次々に高く投げ捨てていった。
オキナワも、コージの持っていた新聞を指差して目配せする。



コージは仲間たちに見守られる中、希望に満ちた表情で新聞を天高く放り投げた。